諶氏は外交文書を引用する形で、「国際連盟脱退は日本の国際的孤立を招き、それは『日本とアメリカ・イギリスとの関係の決裂の始まり』であり、その後のドイツ・イタリアとの同盟締結の道を開くものであった」と述べており、中国への侵略が全ての誤りの発端であることを示唆した。日本とは対照的な存在として、当時の日本の仮想敵国であったソ連の例を引いて、「国際連盟に加盟しただけでなく、隣接するヨーロッパの国と各種の条約を結び、国際的地位を絶えず固めていった」と、当時の日本の外交戦略の欠如を指摘した。

米国の対日感情を悪化させた
三国同盟は百害あって一利なし

 第二に、ドイツとの防共協定を結ぶべきではなかったという点。周知のように、日独防共協定は、ソ連共産主義の拡張を牽制するものであったが、当時のソ連は急激な拡張政策をとっていたものの、イギリスやフランスなどの利益を犯さなかったために、これらの国が防共協定に共鳴することがなかった。よって、ドイツとの防共協定は、日本の「孤立感」を和らげたほかは、得るものは何もなかったと、諶氏は文書の分析を通じて指摘している。

 第三に、いかなる譲歩もしないという前提下で対米交渉に臨んだことは失敗であったという点。1941年初めよりスタートした日米交渉は、対米戦争を回避する上で重要な交渉であった。諶氏は、当時の日本側が、日本軍の中国駐留問題などの問題で非常に強硬な姿勢をみせ、妥協の余地を残さなかったために事態がさらに悪化した、と指摘している。

 また、諶氏は、御前会議が出した「戦争初期は勝利できるが、最終的にはやはり相手を屈服させる手段を持ち合わせていない」という結論を問題視し、戦略なき外交交渉を批判した。

 第四に、ソ連を三国同盟に引き入れるという幻想を抱くべきではなかったとしている。諶氏の文章によれば、当時の日本の戦略は、ドイツとイタリアと三国同盟を結べば、ソ連と不可侵条約を結んでいるドイツを「公正な仲介人」として、ソ連を三国同盟に引き入れてアメリカとイギリスを牽制するというものであったが、これは幻想であったと分析している。そして、諶氏は「(三国同盟は)アメリカの対日感情を悪化させたほかは、『百害あって一利なし』だった」と結論付けている。

ソ連を信じた和平工作が
日本の最も“沈痛”なる後悔?

 第五に、ソ連を通じてアメリカとイギリスを押さえ込むべきではなかったという点。1941年に締結された『日ソ中立条約』は、ソ連との妥協を通じて「日米外交を日本の有利な方向で展開していく」ことを目的としていたが、逆にスターリンの期待する「日米対立のシナリオ」の実現に貢献してしまったことを、諶氏の文章は指摘している。

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