日本の2大人気スポーツといえば野球とサッカーである。運動能力に自信のある男の子の多くはどちらかの選手になりたいと思い、プロを夢見る。その選手育成の場である高校も、どちらかで好成績を収めれば校名を広くアピールできることから、多くが有望選手を集め強化に力を入れる。平成26年度の男子硬式野球部の高野連加盟校数は4030校、男子サッカー部の高体連加盟校数は4154校。全国にこれだけのチームがあって激しい競争をしているわけだから、どちらか一方で全国大会に出場するだけでも大変だし、そこで好成績を収めるのはさらに難しい。頂点に立つことなど至難だ。

 数ある大会のなかでも高校の指導者や選手が最大の目標にするのが、野球部なら夏の甲子園、サッカー部なら冬の選手権だろう。星稜は今回サッカー部が、前橋育英は2年前に野球部が至難の日本一の座に就いたわけだが、この野球とサッカーの2大大会の両方で日本一になった高校はあるのだろうか。

野球とサッカー両方で
日本一に輝いたのは3校だけ

 調べてみたら3校あった。最初にそれを達成したのは神戸一中、現在の兵庫県立神戸高校である。神戸一中という校名でも分かるとおり、同校が野球とサッカーで活躍したのは、はるか昔のことだ。野球部が夏の甲子園の前身である全国中等学校野球大会で優勝したのが1919年(大正8年)。サッカー部は1924年(大正13年)から1946年(昭和21年)まで選手権で7回優勝している。ただ、この頃は高校の野球部もサッカー部も今ほど強化に力を入れてはおらず、両方で日本一になったといってもあまり参考にはならないだろう。ただ、日本サッカー協会の大仁邦彌会長は同校出身だ。

 神戸高校は神戸一中時代から兵庫を代表する名門校。現在は学問優先で運動部の活躍は見られない。出身者も政財界や学問・文化の分野で活躍する人が多い。村上春樹氏や日野原重明氏などが同校OBだ。

 高校での全国大会が注目され優勝が難しくなってから夏の甲子園とサッカー選手権の両方で日本一になったのは2校。千葉の市立習志野高校と東京の私立帝京高校である。

 習志野は野球部が1967年と1975年の夏の甲子園で2度優勝、サッカー部も1965年と1971年に2度選手権を制覇している。帝京は野球部が1989年と1995年の2度、サッカー部は1974年から1991年まで6度日本一になっているからすごい。