自衛隊出身者初の宇宙飛行士として、大きな話題を呼んだ油井亀美也氏。航空自衛隊でテスト・パイロットの飛行隊長という夢の実現が見えていたにもかかわらず、宇宙への挑戦を選び、見事その切符を勝ち取った。2015年5月下旬の打ち上げを控えたいま、何を思うのか。前編に続き、油井氏のインタビュー後編をお送りする。
本番を想定した過酷な訓練
――前回、テスト・パイロットの経験が宇宙飛行士にも活かされるとおっしゃっていました。その一方で、豊富な経験が油断につながることはありませんか。
JAXA宇宙飛行士。1970年、長野県生まれ。1992年、防衛大学校理工学専攻卒業後、防衛庁(現防衛省)航空自衛隊入隊。2008年、防衛省航空幕僚監部に所属。2009年、宇宙航空研究開発機構(JAXA)より国際宇宙ステーション(ISS)に搭乗する日本人宇宙飛行士の候補者として選抜され、同年、JAXA入社。2011年にISS搭乗宇宙飛行士として認定され、2012年10月、ISS第44次/第45次長期滞在クルーのフライトエンジニアに任命された。
Photo:JAXA
それは非常に危険だという認識を持っていました。上司からはこのように言われました。「パイロットには、絶対に避けなければいけない状況が二つある。一つは、初心者が技量未熟であること。もう一つは、熟練者が油断をすること。自分は熟練者になったなと思ったら、油断は絶対にするな」。このように日々指導をされていました。
小さな油断から学ぶこともあります。あるときはシミュレーターであったり、あるときは現場であったり。飛行中にはいくつかの不安要素があり、すべての要素が絡んだときに事故が起こります。誰かに防いでもらえれば事故にはなりませんが、自分で「これは危ない」と思った瞬間、それは自分の油断であったことを自覚する必要があります。
実際には、組織として危険なことは防げていたので、その意味では組織が機能しているとも言えます。ただ、ほかの人に助けられたときには、自分の油断を振り返りますよね。
――訓練に本番と同じリアリティを持って臨むことは容易ではありません。特別なことはされていますか。
宇宙飛行士の訓練では、リアリティを持てるような準備をしてもらっていると思います。たとえば、火災訓練の場合、前が見えないほど煙が充満するような状況をつくり出してくれます。ガスマスクをつけるので、蒸れて熱くなり、曇って前が見えないこともありました。それでも外すことはできませんし、訓練は続けられます。自衛隊でもそうでしたが、訓練を実際の状況に近づける努力は訓練を準備する側がしてくれているので、本当に感謝しています。訓練のための訓練にはなっていません。
――宇宙飛行士の訓練のなかで最も厳しかったものを教えてください。
Photo:JAXA
最も厳しかったのは、訓練ではなく試験でした。合格しなければ飛べないので緊張感があります。また、JAXAの宇宙飛行士という看板も背負っているので、プレッシャーもかかりました。そこでよい評価を得られれば自信にもなるし、誇りにもなります。
訓練のなかでは、サバイバル訓練は非常に厳しい環境です。ロシアではマイナス25度のなかで野宿をしたこともあります。とても苦労しましたが、大変な状況であるほど、一緒に訓練をした仲間同士の絆は強くなるので、それはそれでいいことですね。やり遂げた後に自分が成長した感じもあります。だからこそ、訓練は厳しくあるべきだと思います。
ただし、単に厳しいだけではなく、サポートもしっかりしていました。悩んでいる人を見たら、温かい言葉をかけてくれることもあります。仲間のなかには経験者が必ずいて、彼らも同じような悩みを抱えたことがあります。私が失敗したときも船長や経験者が、「こういうことはよくあるし、俺も失敗した。訓練だからよかったと思い、これからは気をつけろ」とサポートしてくれました。
宇宙飛行士に選抜された時点で、心の強さを持っている人ばかりです。仲間を見ても、ちょっとやそっとではへこたれません。ただ、そういう人間でも失敗することはあります。それをカバーするのはお互いのチームワークです。こうした心のサポートがしっかりしているのも、これまでの訓練の積み重ねがあってこそではないでしょうか。