憲法9条を改正する訳ではないので、武力の行使は極めて限定的にしなければならない。さもなければ国際紛争解決の手段としての武力行使を禁じた9条の意味は全くなくなる。しかし、9条で許容される武力の行使の範囲を限定的にするべく、どう歯止めをつくるのかは悩ましい問題である。

地理的制約は安保概念に適合せず
憲法9条とどう折り合いをつけるか

 具体的な地理的制約を設け、歯止めをつくるのは安全保障の概念にはおよそ適合しない。地理的にどこに線を引くのかを明らかにするのは不可能である。もしそれをすれば、朝鮮半島は入るが台湾海峡は入る、入らないといった議論で、実際に起こる事態の深刻さにかかわらず、予め線を引いてしまうことになる。一定の曖昧さはどうしても必要となる。

 これは日米安保条約6条の「極東」の概念ですら地理的概念でないと繰り返し説明されてきたことや、現行の日米防衛協力ガイドラインや「周辺事態法」の「周辺」の概念も、地理的概念ではなく日本の安全に影響を与えるという「事態」に直結する概念だと、説明してきた理由である。

 もし明確な地理的制約をつくらないとすると、例えば、イスラム国の活動が日本の存立を危うくするといった場合には、イスラム国に対する空爆や、仮に今後地上戦に入っていく場合、日本がこれに参画するということは理論的には可能になるのかもしれない。

 しかし憲法9条を改正するのであればともかく、解釈により、中東まで自衛隊を派遣して集団的自衛権を行使するのを可能にするというのは、いかがなものか。何らかの形での法的歯止めが必要なのだろう。

 法律上の技術的な制約を設けることも重要であるが、法律制定の背景にある基本的な考え方を説明することが、より重要なのかもしれない。今後、例えば戦後70周年の談話や日米共同声明などの機会をとらえて、日本としての立ち位置を鮮明にすることによって、安保法制改定の趣旨も良く伝えなければならない。