Photo by Hiromasa Mano

この4月、テニス選手・錦織圭による初めての著書、『頂点への道』が刊行された。錦織本人が初めて、自分の軌跡を書き記した一冊だ。

幼少のころから錦織を見続けてきたテニス専門記者のわたしが、小学校の卒業文集に錦織がよせた作文にはじまり、2010年頃から2015年までの5年間の本人の原稿に目を通してみてつくづくと感じたのは、錦織が、「自分の内面との対話」を、さまざまな葛藤や思考の過程をふくめて、率直に書いているということである。

錦織の文章は、外に向けて書かれたものというより、つねに自分に対して問いかけている。(ライター/秋山英宏)

「世界ランク898位」という現実への焦り

 たとえば、右肘の疲労骨折によって戦線を1年にわたって離れてから、復帰した2010年。

 長く戦列を離れたことで、錦織の世界ランクは898位まで落ちていた。

 その当時の原稿には、ランキングを戻さなくてはいけないプレッシャーや、自分本来のプレーが戻ってこない不安などの気分の浮き沈みの様子が率直に書かれている。

≪2010年3月23日≫

 マイアミを断念することになりました。非常につらい選択でしたが、まだ痛みがあるのでやめることにしました。またこれから治療に専念することになります。ワイルドカードをいただいてすごく楽しみにしていた大会でした。

 デルレイからほぼ1ヵ月。このマイアミの大会のために準備していたのに、また治療の再開です。正直言って今の精神状態は最悪です。もう目の前にゴールがあるのになかなかゴールできません。手術する前のまったく先が見えない状況もつらかったですが、今の状況も同じくらい気持ちがやられてます。

 もうアメリカに来て4ヵ月経ちます。僕は飽きやすい性格もあって、さすがに4ヵ月も同じところで同じような毎日を送っていると、けっこう苦しいです。朝起きてまずエネルギーが体にまわってこないし、寝るときなど特にいろいろ考えてしまいます。

 いつまでこの状態が続くんだろうかとか、いろんな人に迷惑をかけてるんじゃないかとか。ファンの方たち、スポンサーの皆様、特に親とまわりのコーチたちには、僕と同じぐらいもやもやがあると思います。それをなんとなく感じるのもまたつらいんですよね。

 早くこの状況を脱出したいですが、そんなに簡単にはいきませんね。いつも気持ちは気楽にいこうとは考えてるんですが、この状況でそんなこと言ってられるのか。でも焦るよりそっちのほうがいいのか。いろいろ考えてしまいます。