経営×ソーシャル
おもてなしで飯が食えるか?
【最終回】 2015年5月27日
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山口英彦 [グロービス マネジング・ディレクター、ファカルティ本部長]

「おもてなし」はビジネスとして生き残れるのか?

 実はこの書店にはスターバックスが併設されていて、ほとんどの来店客はここでドリンクを買った後、好きな本を手に取って、ソファに座って閲覧します。コーヒーは粗利率の高い商材でして、たとえその顧客が本を購入しないまま帰っても、大概は元が取れるのです。つまり、書籍販売でおもてなしを提供して集客を図りながら、書籍自体ではなくコーヒー販売で稼ぐのが蔦屋書店の収益モデルです。

 最近復活の兆しを見せている「町の電器屋さん」も、蔦屋書店と似たアプローチです。彼らは低価格や品揃えで市場を席巻する家電量販店とは一線を画し、地域密着のサービスを大切にしてきました。周辺住民の家電に関する相談に気軽に応じたり、時には自宅に伺って、家電の使用方法を説明したり、簡単な修理なら無償で引き受けたり。通常、こうしたおもてなし部分に課金はしませんが、代わりに多くの顧客が電池や電球といった消耗品を買ってくれたり、時にはエアコンや洗濯機といった大型家電をあまり値引きせずに購入してくれたりするので、電器屋の商売が成り立っているのです。

 このように強固な収益源を別に持っている企業が、自社製品やサービスを差別化するためにおもてなしを提供した場合、おもてなしに高い課金をしなくても(場合によっては無償提供しても)トータルの収支が成り立ちます。利益率の高い物販を手掛けている業態を中心に、マーケティング手段としてのおもてなし活用はこれからも広がるでしょう。しかし、マトリクスで見てわかるように、収益化の壁はクリアしても、おもてなし提供を従業員の個人的な意欲や能力に依存する点では従来と変わっていません。従って店舗や営業拠点を短期間に50か所、100か所……と増やせる企業は、残念ながら限られるだろうと思います。

おもてなしビジネスの王道は、やはり「仕組み化」

 続いてマトリクスの右下に移って、「仕組み化によるスケール実現」を考えましょう。本コラムで過去に論じた内容の半分以上は、この「仕組み化」に関する提言でした。おもてなしのビジネスを規模化するには、おもてなしを含むサービス提供を個人の経験や勘に頼るのではなく、仕組みに置き換える必要があると、繰り返しお話しました。

 改めて整理すると、仕組み化には大きく言って「提供方法の仕組み化」と、「組織複製の仕組み化」があります。前者の「提供方法の仕組み化」では、サービス提供プロセスを可視化したり、それをマニュアルとして従業員の間に普及させたり、あるいはPDCAのサイクルを回しながら生産性改善を図るのが第一歩でした。加えて、定型化できたプロセスにITや機械設備を導入して従業員の作業を代替できれば、生産性はさらに向上します。一般的には「おもてなしと標準化は相容れない」という印象が持たれているものの、実際には定型部分の基本業務が標準化・IT化されていればこそ、従業員が非定型なおもてなし部分に取り組むキャパが生まれてきます。介護の現場で、リフトの導入によって浴室や自動車への被介護者の移乗が楽になり、介護職員が作業中に相手の表情を見て対話する余裕が生まれたエピソードを以前紹介しました。このように、まずサービスの定型部分に標準プロセスやITといった「仕組み」を入れることで、より多くの従業員が優れたおもてなしを提供できる姿に近づくのです。(詳しくは本コラムの第2回「おもてなしと標準化の相性は悪くない!?」、および第3回「おもてなしで頑張らない」を参照ください。)

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山口英彦[グロービス マネジング・ディレクター、ファカルティ本部長]

東京大学経済学部卒業、ロンドン・ビジネススクール経営学修士(MBA、Dean's List表彰)。 東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、ボストンコンサルティンググループ等を経て、グロービスへ。現在は同社の経営メンバー(マネジング・ディレクター/ファカルティ本部長)を務めながら、サービス、流通、ヘルスケア、エネルギー、メディア、消費財といった業界の大手企業クライアントに対し、戦略立案や営業・マーケティング強化、新規事業開発などの支援・指導をしている。また豊富なコンサルティング経験をもとに、経営戦略分野(新規事業開発、サービス経営、BtoB戦略など)の実務的研究に従事。米国のStrategic Management Society(戦略経営学会)のメンバー。 主著に『法人営業 利益の法則』(ダイヤモンド社)、『サービスを制するものはビジネスを制する』(東洋経済新報社)、『日本の営業2011』(共著、ダイヤモンド社)、『MITスローン・スクール 戦略論』(共訳、東洋経済新報社)。


おもてなしで飯が食えるか?

オリンピック招致の最終プレゼンを契機に、各所で注視されている「おもてなし」。日本人の細やかな心づかいを製品、サービスに反映させて収益向上につなげようと考える企業は多いと思うが、そこに落とし穴はないか?グロービス経営大学院の山口英彦が近著『サービスを制するものはビジネスを制する』のコンセプト等も反映させながら問いかける。

「おもてなしで飯が食えるか?」

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