「元気」を前提にする危うさ

 第3の問題は、移住対象者を「元気高齢者」としていることだ。日本版CCRCが制度としての受け皿になりそうだが、CCRC本家のアメリカでは、その「元気・健康」が続かないため、修正を迫られている。

 今は元気でも、いつでもすぐに要介護者になる可能性が高いのが高齢者である。女性に多い転倒しての大腿骨頸部骨折、脳梗塞や脳溢血などの脳卒中、それにがんを含めて突然症状が現れる。ゆるやかに表れる認知症も想定しなければならない。

 高齢者の5人に1人が認知症になる可能性が指摘されている。認知症の「大敵」のひとつは、リロケーションショックと言われる。生活の場が突然変わることによって、理解が及ばず、混乱、動揺し始め、認知症が一気に表面化することだ。

 福祉先進国のデンマークで1990年代に提唱された高齢者への3つの心配りがある。(1)自己決定権の尊重(2)残存能力の活用(3)生活の継続性の維持――である。このうちの(3)は、認知症ケアの要諦でもある。

 認知症になる前の生活をできるだけ続けること。そうした配慮があれば、より重度になることを遅らせ、普段の暮らしが続けられるという。

 リロケーションショックを招かないような対応は、あらゆる高齢者に言えることだろう。

 東京圏から地方に移住すれば、まず食生活への違和感が起きる。和食独特の味付けが地域によって異なるからだ。関西人が上京すると、東京の濃い味のうどんになかなか馴染めない。学生でも抵抗感があるという。まして、年長者には受け入れ難いだろう。

 このほか、言葉(方言)や近所付き合いなども地域差がある。薄れてきたとはいえ、若者と違って、すぐに溶け込むのが難しいのが高齢者である。MCI(軽度認知障害)レベルではあっても、日常生活に不安を抱く高齢者には、移住先が別世界のように受け止められてしまう可能性もある。リロケーションショックに繋がる。

 米国にはCCRCが約2000ヵ所あり、75万人ほどが入居しているといわれる。大手事業者が運営するアリゾナ州のCCRCを訪問したことがある。立派な図書館や広いプールなどが広大な敷地に備わり、いかにも富裕層の別天地そのものであった。

 だが、歳月の経過とともに認知症を患う入居者が次第に増えていく。「当初の開設時には想定していなかった」と事業者も認めざるを得ない。そこで、敷地の一角に新たに認知症者向けの専用棟を作り、ケアに追われる事態となっていた。

 日本でも、元気高齢者向け施設として「失敗」した経験がある。ケアハウスだ。1990年代に建設が相次いだ。入居者が、食事や入浴に介助者を必要とされると、退去を迫られる。住民から「いずれ退出しなければならないなら」と敬遠された。

 現実には、いったん入居すると退出先が見つからないケースが多く、ケアに不得手な事業者を悩ませる。やむを得ず在宅サービスを探したり、特養入居の申請に走らざるを得ない。

 つまり、高齢者の生活には、必ず介護サービスを当初から想定しなければならない。そんな教訓が日米の過去の事例から導き出されるはずだ。

 今回の提言には以上のような問題点を抱えているが、「なぜ、首都圏には医療・介護サービスが増えないのか」という疑問を投げかけた「功績」はある。その答えの一つは、医療・介護の地域格差にありそうだ。この連載の25回目で「東京23区の報酬が低すぎる」と指摘した。人材不足と施設不足の原因でもある。解決できそうな「障壁」から着手すべきだろう。