母親、もしくは両親共に都会に出稼ぎに行っている場合、子育ては100%祖父母の仕事になる。都会ならば夜や週末は父母の元に帰れる子どもも、農村では1年に1回、数日程度しか親に会えない。そのため、親の顔を知らないで育つ子どもは珍しくない。戸籍制度の問題もあり、戸籍のない都会にいる間は社会保障や福祉、正当な教育を受けられないため、子どもは田舎に預けるしかないのだ。

「死ぬことが長年の夢だった」
中国に6100万人もいる留守児童

 そうした子どもたちは「留守児童」と呼ばれ、中国共産党系の組織が発表した資料によると、人口13億7000万人の中国で約6100万人もいるといわれている。そのうち約920万人が、1年間に一度しか親に会うことができない。

 今年6月にも、中国で最も貧しいといわれる貴州省で、留守児童だった4人兄妹が農薬を飲んで自殺した、という悲惨なニュースが流れたばかりだ。父親は出稼ぎ労働者で、母親は家出。14歳を筆頭として5歳までの子どもたち4人だけで暮らしており、この家には祖父母もいなかった。14歳の子どもは「死ぬことが長年の夢だった」と走り書きを書き残しており、この子たちがいかに厳しい環境で暮らしてきたかがわかる。

 こうした留守児童の取材のときも衝撃を受けたが、今、目の前にいるこの可愛らしい黄さんもその1人だったと知り、私は話を聞きながら自分の目が潤んでいくのがわかった。ごまかしてご飯をかき込んでいると、彼女はこちらをちらちらと見ながら、「でも、私は幸せなんですよ。祖父母は優しいし、近所にたくさん(同じような境遇の家庭で育った)友だちがいましたから。全然平気です」と笑っていた。そして「だって、私は専門学校にも進学させてもらえたんですから。これも両親が長い間、故郷を離れて働いてくれているお蔭です」ともつけ加えた。

 専門学校の学費は1年で約1万元(約20万円)。彼女はきれいに折り畳んで大切に財布にしまっている学費の領収書を見せてくれた。私立なので国立の大学や専門学校よりも学費は高いが、長女は中学を出てすぐに広東省に出稼ぎに行ったため、優秀な次女には進学をさせてあげたいという両親の希望もあって、この学校を選んだという。

「うちは少しずつ裕福になっているんです」。そう彼女は言ったが、専門学校の1年目と2年目の夏には、他の学生が故郷に帰省するのを尻目に、自分だけ広東省の工場にアルバイトに行った。この町から夜行バスで13時間。両親が働く工場で臨時に雇ってもらい、母親と同じベッドで寝て、1日12時間働いて、1ヵ月で3500元(約7万円)の収入を得た。

 食事代などのお小遣いは毎月決まった額ではなく、足りなくなったときだけ両親に話すという。両親は筆者と同世代の40代半ば。中国人ならば、今や老人でさえ持っているスマホも持っていなくて、ガラケーしかないという。中国人のコミュニケーションツールとして幅広く普及している微信(中国版ライン)もできないので、週に1回電話をかけて近況を報告しているという。