株価が暴落したときこそ
懐疑的な反証主義から学ぶべき
タレブが支持するのはむろん、憶測を憶測でしかないと自覚する人たち。「私たち人類の考えや行動にはもともと限界や欠陥がある、だからそのことを認め、そのことを前提として個人や集団の行動を考えるべきだと信じている」というのです。
トレードのエピソードと並ぶ『まぐれ』のおもしろさは、こうした勘違い派、自覚派として登場する人物評や業績紹介にもあります。いい調味料になっています。
たとえば、ケインズは「ツィードを着込んだ左翼がよく引用する政治経済学者ではなくて、偉大で内省的で強力な『確率論』を書いた人だ。政治経済学なんていうどんよりした分野に進む前、ケインズは確率論者だった」(70ページ)として、「私にとってアインシュタインとともに思想家の二大巨頭」と評されます。
そのケインズよりも「過去二世紀で一番影響力の大きい経済思想をつくった人物」(230ページ)として、タレブが評価するのは、心理学者(行動経済学者)のダニエル・カーネマンとエイモン・トヴァスキーだといいます。「人間は不完全なもので、根本的に欠陥を抱えていることを示した」からです。
またジョージ・ソロスは「たぶん私がこれまでに本当の意味で敬意を感じた、ただ一人のトレーダー」(157ページ)、「ソロスは唯一私と同じ価値観を持っている人のような気がした」とされ、そのソロスを通じてカール・ポパーを再発見したといいます。
科学は言うほど額面どおりに受け止めるものではない、というのがポパーの考えだ。
(中略)
理論のあり方は二つしかない。
1.検証が行われ、適切な形で否定(ポパーは反証と呼ぶ)されて、間違っていることがすでにわかっている理論
2.まだ反証が成功していないので、間違っているかどうかはわからないけれど、間違っていることが証明される可能性がある理論
理論が正しいことがないのはなぜだろう? 白鳥はすべて白いとわかることは決してないからだ。(161ページ)
ポパーについて「(批判派は)彼を素朴な反証主義者と呼んでいる。私はものすごく素朴な反証主義者だ。なぜか? それで生き残れるからである」(164ページ)と、とても大きな影響を受けたことを明かしています。
8月24日の株安が黒い白鳥(あり得ない出来事)か。そこまではならないでしょう。ですが、私たちが不確実性の真っただ中にいることを痛感させられます。超金融緩和の下にありながら、息切れ気味の日本の経済実態を前にして、タレブの戒めが頭をよぎります。今こそ素朴で、懐疑的な反証主義が必要なのではないでしょうか。
そういえば、黒田東彦・日本銀行総裁はポパーの翻訳も手がけた〝ファン〟の一人です。