このように、その時々の内閣による裁量の余地が増した分、有権者は政治に対して無関心ではいられなくなったし、内閣は自衛隊を出動させるかどうかの判断をその都度しなくてはいけなくなった。つまり、我々有権者が本当に考えなくてはいけないのはこれからだし、政治家の質はこれまで以上に担保されなければならなくなったと言えよう。安保法制の賛成派にも反対派にも、無駄に攻撃的な意見が多く見られるが、今後は冷静な判断こそが求められる。

現行憲法は賞味期限切れ
いま再考すべき「この国の形」

 参議院での安保法制の議論・採決の過程を観察して筆者が痛感したのは、「現行憲法が賞味期限を迎えている」ということだ。これは笑いごとではない。この国を構成している「根拠」に、説得力がなくなってきているのである。今や国民の半分が選挙にも行かないし、政府が堂々と憲法の解釈を変更するようになった。

 どんな組織だって賞味期限がある。だからこそ、定期的に見直しが必要なのだ。日本国憲法が制定されてから、時代はだいぶ変わった。「20世紀」という時代は変化の時代だった。

 残念なのは、憲法改正を唱える人の中に懐古主義の人が多いように見えることだ。大日本帝国憲法なんかより、日本国憲法の方が長く日本人に浸透している点は、忘れてはならない。筆者が言いたいのは、今この日本列島に住んでいる日本人の「総意」を、憲法にもう一度込めるべきだということだ。「懐古主義」ではなく、あくまでも「未来志向」の憲法改正が求められる。

 今のままがよいならそう判断すればいいし、集団的自衛権が認められるべきだと思えばそう判断すればいい。為政者はそれに従うだけであり、そればかりは政治家が決めることではない。とにかくもう一度、今生きている国民に憲法を問い、21世紀にふさわしい形に生まれ変わらせる必要がある。

 そして、今回の安保法制の議論を通じた議員への評価は、次の参議院議員選挙に反映させるべきだ。そして、野党はそれに応えられる質の高い候補者を立てるべきだ。

 いずれにせよ、安保法制は成立した。有権者の真価が問われるのは、これからなのである。