在学期間が短くなることが商売に差し障ると大学が考えるなら、「飛び級卒業」する学生から「卒業能力判定料」とでも名付けて、1年分程度の授業料を取ればいい。大学のやり方としていかにもがめついし、学生側は料金支払いに納得できないかもしれないが、1年を有効に使えるのだから、料金を支払った上での飛び級卒業には十分な経済合理性がある。

 もちろん、大学としても、国としても、追加的な教育を受けることを求める社会人に対する、再教育の機会を豊富に提供するといい。

成長戦略としての若年者の労働力参加を
就活ルールを廃止に追い込め

 国は、成長戦略として、女性や高齢者の労働力参加に期待しているが、大学生年代の若者をより早くビジネスなり学問なりの世界に取り込む、若年者の労働力参加を促進することも同様に検討すべきではないか。

 ビジネスに適性のある若者に、より早くから働いてもらうことは、経済にとって良い刺激にもなるだろう。起業を促進する上でも有効ではないか。大学に多数の若者を長い期間抱え込む方法を考えるよりも、大学教育を短期化・効率化して、若い労働力が社会で活躍する時間を伸ばすことを考える方が効果的ではないか。大学の4年間がヒマに思える学業優秀な学生にとっても、そもそも大学の学業に適性のない学生にとっても、加えて社会にとって、より効率的だ。

 就活ルールを検討していて、思わず脇道にそれてしまったが、元に戻って、就活に曖昧で余計なルールがあり、しかも、それが朝令暮改される現状は、無意味なルールに振り回される点でも学生が気の毒だ。ルール変更自体がもたらす不確実性のマイナス効果も無視できない。長期的な問題解決のためには、この採用におけるカルテル行為である経団連の就活ルールを廃止に追い込むことが適切だ。

 当面、多くの外資系企業をはじめとして、経団連の採用談合に縛られない意識の高い企業には、経団連の指針を無視した、自由で積極的な採用活動を求めたい。当然の企業努力として採用に注力することが、やがては、経団連の無意味なルールを骨抜きにして、廃止に追い込み、社会と学生のためにもなるだろう。できることなら、堂々と名乗りをあげて自由で積極的な採用活動に励んでもらいたい。

 大学側にも多々問題があり、可哀想な面もあるが、学生には、現在の企業や大学のペースに惑わされずに「時間を有効に使え」と申し上げておきたい。