日韓関係を考えるにあたって、重要なのは冷静で客観的な視点だ。そこで、韓国をよく知る前駐韓大使・武藤正敏氏が、外交から政治、経済、社会まで、その内側を考察する新連載をお送りする。第1回は、産経新聞前ソウル支局長の裁判から見える同国の内情を解説する。
実刑判決は誰も望まない
だが単に無罪ともしたくない
12月17日午後、産経新聞の前ソウル支局長、加藤達也氏の裁判の判決が言い渡された。結果は無罪となった。その背景について私見を交え解説したい。
その前にまず、裁判の経緯を振り返っておこう。2014年8月3日、韓国の旅客船セウォル号が転覆して沈没した事故で、修学旅行中の高校生など乗員乗客295人が死亡した。
この事故で、船長他乗組員の一部が乗客を救助することなく先に脱出し、国内の批判が高まった。その事件当日、朴槿恵大統領が7時間にわたり行方不明になったとして、産経新聞の前ソウル支局長は「朴槿恵大統領、旅客船沈没の当日、行方不明に…誰と会っていた」と題する記事を同紙のウェブサイトに掲載した。朝鮮日報の報道や証券街の報道を引用し、フェリー転覆事故の当日に朴槿恵大統領が元側近のチョン・ユンフェ氏と密会していたとする記事である。
韓国大統領府や在日大使館が「名誉棄損などに当たる」として記事の削除を要請したが、産経新聞がこれに応じなかったため、検察は加藤氏を、大統領の名誉を毀損したとして起訴し、懲役1年半を求刑していた。
この問題の判決が、12月17日午後言い渡された。判決の朗読に先立ち、裁判所は韓国外交部が検察当局に対し送った文書を読み上げた。これは異例の対応である。その中で外交部は、今回の裁判が両国の関係改善の障害となっているため、大局的に善処すべきだと日本側から強く要望があったとしたうえで、「最近、両国関係の改善の兆しがあり、善処すべきだとする日本側の主張を斟酌することを望む」と配慮を求めた。
この日の判決は、当初予定していた11月26日から12月17日に延期されたものである。結果は先述の通り無罪となったが、判決が延期された時点で、裁判所は被告側と何らかの取引をしたうえで、有罪、無罪の判断をしない宣告猶予を考えているとの噂が広がった。
裁判所として、加藤前支局長を単に無罪として釈放したくはない。反面、実刑判決は誰も望むところではないので、名誉棄損に対する反省と謝罪を取り付けたうえで宣告猶予としたかったのかもしれない。しかし、産経新聞社側はいかなる形であれ、取引に応じないと言われていた。そこで、外交部の検察に対する要請をもって無罪とした、と考えられないだろうか。その真実は誰も語らないであろうが。