──DVの酷さや貧困、こんなことが今日の日本でもあるのかと、ご著書を読んで本当にびっくりしました。しかも今なお毎年、無戸籍の子どもが新たに誕生していて、総計で1万人以上いると推定されるわけですね。

『無戸籍の日本人』 井戸まさえ著 集英社刊 税込価格1836円

 信じられませんよね。普通に生活していると、この実態の酷さはわかりません。無戸籍の人は、それぞれの事情や、行政、司法、さらには社会の壁により、「助けて」と言えずに無戸籍の事実を隠して生きているから、問題の存在が一般に知られないのです。小学校に通う年齢の子どもが昼間学校に行かないで近所でふらふらしていても、周囲の人たちは無関心・無干渉です。

 一方で、無戸籍という“穴”に落ちてしまう可能性があることも、普通はわからない。私自身もそうなってみて初めて知ったわけです。しかも、私の子の出生届を受理した役所の担当者が、私の離婚日から出産日までの日数を計算して300日以内と気づいたから発覚したもので、同じようなケースで気づかずにそのままスルーされているケースも多いのです。スルー自体は届け者の希望に沿った結果になるので良いのですが、窓口となった役人の能力とやる気によって、人の一生が大きく左右されてしまうわけです。

──反響の多さを受けて、NPO法人「親子法改正研究会」や、新たに設立した「民法772条による無戸籍児家族の会(通称・家族の会)」のメンバーとともに、井戸さんは支援を始められました。その過程で次々と出くわす社会や制度の不合理・理不尽について、本書で書かれています。

 私自身の問題で最初に会った法務省の民事局長から、「民法772条については完全ではないとわかってるんです。でも法律を変えるためにはそれなりの国民の声と、さまざまな判例が必要です」と言われました。その後も、行政、司法、立法関係者の多くの人が、「不備があることはわかっている」と言うのです。

 にもかかわらず、変わらない。変えようとしない。それは「当事者の声がないから」というわけですが、実際は「置かれた環境が苛酷過ぎて、当事者は声が出せない」のです。

 また、政治家には「関わっても、票にならない」、役人には「出世にプラスにならない」という人もいます。無戸籍のまま隠れて生活し、成人にまでなった人が勇気を出して、住んでいる地域の役所に相談に行っても、いろいろな部署で「担当ではない」と言われ、たらい回しに合う。言ってみれば、国をあげてのネグレクト(責務放棄)なんです。

 それが、2006年末に毎日新聞が私たちのことを記事にして、その後も「無戸籍児を救え!」キャンペーンを展開してくれると、世間の反響を呼んで、ようやく改善が進みました。

 例えば、07年に法務省は民事局長通達を出して、「離婚後に懐胎(妊娠)したことを証明する医師の作成した証明書を添付すれば、現在の夫の子として出生届を受理する」ことになりました。それまで「前夫の子」としてきたものと180度違うルールなのですが、通達1つで、変わったのです。

──しかし、通達が出されても、役所の現場に周知徹底されないと意味がない。

 毎日新聞のキャンペーンや「家族の会」の活動により、「無戸籍でも調停・裁判の係属証明書があれば、戸籍を取る意思と見込みがあると認められ、住民票の交付が可能」「住民票がなくても、健康保険証や年金加入の手続きも可能」という通達がそれぞれ総務省と厚生労働省から出ましたが、実際に無戸籍の人が役所に住民票交付の手続きに行っても、「無戸籍だと住民票の交付はできない」と言われるケースが多々ありました。

 通達が、窓口の役人にまで周知徹底されるのは簡単なことではないのです。一方で、一般人にとってみれば、役人は行政のプロだから、そのプロに「ダメ」と言われたら、そういうものなのだと疑うことなく受け入れてしまいます。たまたま当たった窓口の役人が不勉強だったために、ずっと不利益な状態で放置されてしまうことになるのです。

 だから、根本的な解決策として民法の改正が必要なのですが、本に詳しく書きましたが、政治の壁は厚くて、今日まで突破できていません。