また、iPhoneが登場したばかりの頃、それを入手した私の同僚が、タッチパネルを嬉々として操作しながら、自慢げに見せてくれたのを覚えている。彼にとってiPhoneとは携帯電話ではなく、全能感を味わわせてくれる存在だったのだ。

 ジョブズがクラウドサービスを活用してiPodやiPhoneをいち早く成功させたことから、ジョブズのことをエンジニアと思っている人は少なくない。しかし、彼はエンジニアではない。大学時代はリード・カレッジでリベラルアーツを勉強している。リベラルアーツとは「人を自由にする学問」という意味を持ち、文法学・修辞学・論理学・算術・幾何学・天文学・音楽より構成される。しかも、最後まで履修したわけではなく、中退している。

 並み居るエレクトロニクスメーカーのエンジニアたちを差し置いて、“素人”のジョブズが勝ち上がったのを見ると、情報革命のように技術的、社会的前提条件が大きく変わる局面では、むしろ“素人”の方が強いのかもしれないと感じてしまう。

 実際、ジョブズは「コンピュータに何ができるかではなく、コンピュータを使ってクリエイティブな人は何をするか」が重要だと言っている。エンジニアは製品ばかりを見る癖があるが、そこからはそれを使う人の姿は見えてこない。“素人”のジョブズは情報革命によって、クリエイティブな人のライフスタイルがどう変わっていくのかを見ていたのだ。だから「人を自由にする学問」が役に立ったのである。

ジョブズの製品の基本思想は
「直観」でわかるようにすること

 ジョブズは「直観が花開き、いままで見えていなかったものが見えるようになる」という言葉を残している。ここからジョブズは、前回「セブンイレブンだけがなぜ売れるのか? 鈴木敏文氏の仮説検証力」のところで紹介した、直観力を強化するための脳のメカニズムを体感的に理解していたのではないかと思われる。先ほどのジョブズの言葉は、セブン-イレブンの鈴木氏の次の言葉と妙に符合する。

「問題意識を持って動きを見れば、意味や文脈が浮かび上がり、そこから仮説が生まれる」

「直観と客観によって仮説を立て、実行した結果を検証し、発想力をさらに強化していく」

 つまり、五感を澄まして世界を観察し、無意識の世界を活性化させ、クリエイティブな人に合わせて自分の脳をシンクロさせる。それによって、いままで見えていなかった潜在ニーズや将来のライフスタイルが浮かび上がってくる。そうして浮かび上がった仮説を検証することで、クリエイティブな人の心の中を目利きする能力が高まっていく。

 また、この原理を逆用し、クリエイティブな人たちの無意識の世界を刺激し、共感を引き出し、強烈な印象を残すことにも成功している。彼のデザインの基本思想は「直観的に物事がわかるようにすること」である。つまり、トリセツによって頭で理解する製品ではなく、無意識の世界が感じ取る製品を創り出したのだ。そのために「共感、フォーカス、印象」を自らのマーケティング哲学としている。

 ジョブズが直観を重視するようになったのには、彼の生い立ちが深く関係していると考えられる。ジョブズはシリア人留学生アブドゥルファター・ジャンダリとアメリカ人大学院生のジョアン・シーブルとの間に生まれた。しかし、ジョアンの父が、シリア人との結婚を認めなかったために、ジョブズ夫妻に養子に出されることになった。