「修羅場が撮れてナンボ」
被害ばかりを追いかけ回す

 倒れなかった建物より、無残に崩れた建物。無事で明るくしている人より、途方に暮れた人々。そういう「被害」ばかりを追いかけ回す姿を見た被災者が、「見世物じゃねえぞ!」と罵声を浴びせたくなるのは、容易に想像できよう。

 実際、兵庫県・復興10年委員会が編纂した『阪神・淡路大震災 復興10年総括検証・提言報告』のなかでも以下のような問題が指摘されている。

《大きな批判のひとつに、「被害の大きな火災や倒壊の場面ばかりを報道している」があった。神戸市長田区の菅原市場や鷹取東地区の火災や芦屋市西部、中央地区の激しい家屋の倒壊現場が、テレビで繰り返し報道されているではないか。その繰り返し放送は被災地にとってなんの役に立つのだ、もう分かりきったことを何度も放送するよりも、避難生活に役立つ情報を報道すべきだ、ということだ》

 このような「被害リピート」の報道姿勢が、現在多発しているマスコミと被災者の「トラブル」を産む本質だ。

 ガソリンスタンドの列に割り込んだ関テレの取材クルーは、甚大な被害が出た益城町の現場に急行するために焦っていた。これはつまり、目の前に並ぶ被災者より、「被害」を知りたい大阪の視聴者を優先したと言える。

 自分の弁当を無邪気にツィートした毎日放送のアナウンサーもそうだ。彼には「被災者の視点」というものがゴッソリ抜け落ちているわけだが、これも彼が自分のフォロワー、つまり大阪の視聴者のことしか頭になかったと考えれば筋が通る。

 このような在京・在阪メディアの「災害報道」のスタンスがいつから出来上がったのかをたどっていくと、1985年の日航機墜落事故につきあたる。

 乗客ら524人全員の生存が絶望視されるなかで、マスコミ各社が競い合うように御巣鷹山の尾根を目指したのは有名だが、この過酷な取材競争を勝ち抜き、奇跡的な生存者救出の瞬間をお茶の間に届けたのが、フジテレビだ。災害報道の雄であるNHKを出し抜き、高視聴率も叩き出した世紀の救出劇は、報道の世界でも「テレビの同時性をいかした」と高く評価され、フジテレビに開局以来初の新聞協会賞(編集部門)をもたらした。

 このあたりから大きな災害や事故では、読者や視聴者のために「衝撃的な映像」を切り取ることこそが正義だという思想が強まったような気がしている。

 実際、この6年後には先ほど述べた雲仙普賢岳の悲劇、そこから4年後には阪神・淡路大震災での批判が起きている。そして、この「衝撃映像押し」の風潮は、東日本大震災にもつながっているのだ。

 当時、石巻赤十字病院の現地本部で救援活動をおこなった岡山赤十字病院の石井史子医療社会事業部長の言葉が、それを端的に言い表している。

《『対岸の火事に油を注ぐ』ようなニュースの羅列に辟易(へきえき)した。例えば、政府や電力会社の非をひたすらあげつらう、街が津波に襲われる映像を延々と流し続ける、被災者に無遠慮にマイクを向ける――といった具合。何日も終日、流し続けることにどれほど意味があるのか。(中略)『火を消す意思』が感じられない報道には腹が立った》(山陽新聞2011年10月15日)