貧弱なガバナンスの根底にある取締役のオーナーシップの欠如

 勝つための戦略づくり、ぶれないアイデンティティーの維持には、その根底には強力なガバナンスがなければならない。これが3つ目の課題だ。

 世の中の変化が見透しづらいものになればなるほど、まずは取締役会での議論をオープンにして知見、識見、経験に富む社外・社内の取締役から「それはこうした方が良い」、あるいは「このリスクは、こうやって避けるべし」といった意見を出してもらう。議論を重ね、そこから導き出された結論は、徹底して実行する。それが株主や社員の素朴な期待でもある。

 ところが私の耳に届く、大方の日本企業のガバナンスは貧弱だ。取締役会が議論の場というよりは社内決定事項の報告会のレベルにとどまり、実質的な議論が行われていない。「この会社を長期的に成長させる」という社内・社外の取締役の強い使命感やオーナーシップが感じられない。

 だから取締役会の決定に重みがなく、後々、「取締役会では決まったけれど、僕の考えは反対なのだ」と言い出す取締役や事業本部長が出て、実行が徹底されなくなる。

 また、社長が後継社長を選び、退任せず会長に就いて会社に残る、という権力温存型の日本的慣行も早く改めた方が良い。事業のトップである社長の意思決定に、間違っても「前社長への考慮」などという本来無関係な要素が入ってはならないからだ。事業執行の最高責任者である社長は常に、会社の中長期的成長・成功のためのベストの意思決定を行わなければならないからだ。

 そして、最後の問題点が、これまでの3つのテーマのすべてに関係が深い、人材育成と多様性に対する経営トップの思いの希薄さだ。

 私はよく経営トップの方に、「御社にとって一番大事なものは何ですか」と聞く。ほとんどのトップが「人材です」と言われる。「では、御社で人材育成の最高責任者は誰ですか」と聞くと、「人事担当役員です」となる。

 しかし私は、それは間違っていると思う。「御社にとって一番大事なものに、なぜトップが取り組まれないのですか」と質問すると、大体の人が嫌な顔をされる。

 人を中心に会社や戦略ができているのではないらしい。組織が壊してはならない建造物であるかのように認識され、組織を中心にものごとが考えられている。既存の建物を維持するために順番に人を回していくのが会社の経営だと思われている。

 しかし考えてみれば、新しいアイデアにゴーサインを出し、新しい家(事業)を建てて新しい才能を活かしているから企業は成長を持続できているのではないか。多様で新しい家が並ぶことで会社の景色は変わり、さらに新しいアイデアやイノベーションを誘発する。増殖を仕掛ける街づくりか、シャッター街になった駅前商店街を維持しようと汲々とするかの違いのようなものだ。

 GEのジェフリー・イメルト会長が、その仕事の3割を、各国の経営トップやマネジメント層の研修など「人材」に充てている事実を、私は重く受けとめている。

 人材を育て、変化に対応できる力を養うために必要なのが多様性だ。日本の財界の集まりを見ても、失礼ながらご年配のベテランズばかりで、若い人、たとえば30代はまったくいないし、女性もまだまだ少ない。ほとんどが日本人男性で、着ているのも黒っぽいスーツばかり。

 これはマネジメントの現場でも事情はほぼ同じだ。そうすると例えば、50代後半のマネジメントが、ゼロ歳から100歳までのすべての消費者向けの商品を決裁する形になる。それで本当に消費者に選んでもらえる商品が誕生するのだろうか。

 一口に「マネジメント/リーダー」と言っても、20代がいてもよいのだし50代がいてもよい。老齢化社会では70代のリーダーがいてもよいだろう。当然ながら性別も国籍も出身国も関係はない。そもそも海外売上高比率が5割を超えるような企業に外国人の執行役員や取締役が一人もいないこと自体が私には不可解だ。

 グローバル企業のなかには、進出国の市場分析にとどまらず、実は、その国の神話や民話を徹底的に研究している企業がある。特にB2Cのマーケティングでは不可欠だと言い切る。

 進出国の人々にとってのヒーローは誰であり、民族としてのアイデンティティーは奈辺にあるのか。そこが分からなければ、お客さまに選んでもらえない。

「太陽は、日本では活力の象徴でも、別な地域ではしゃく熱の死を意味する」。多様性に対する認識は、それほど事業を左右するのである。