楠木 仕事をやっていると、毎日忙しいし、バタバタしますよね。だけど、直近何をやらなきゃいけないのかとか、ちょっと一旦置いといて。自分に忠実に考えて、私はこういうことが得意で、こういうことは不得意なんだっていうのを、みんなでわかり合うっていう時間を持つ。それはね、僕はいい組織じゃないかと思いますね。
話が逸れますけど、中竹君(中竹竜二氏)という僕の友人がいて、ラグビーの指導者なんですよ。彼が早稲田の監督をやっていた時の話で、へぇーっと思った話があって。早稲田と慶應が優勝候補になった年があったんです。その大事な直接対決の前哨戦で、すごく優秀な選手が、最後の最後のところでパスミスをして、それが原因で負けたんです。
試合後にその選手が監督に、「本当に自分は悔しい、情けないです。もっとパスがうまくなりたいので、パスの練習をこれからガンガンやらしてください」と言ったらしいんですよ。そうしたら中竹君は、「ああそう。でも、なぜ?」って尋ねた。
中竹君が言いたいことは、君、ラグビーを何年やってきたのか?ってことなんです。早稲田のラグビー部のレギュラーになれるくらいなので、もう中学から、盆と正月以外はずっとラグビーをやっている。何千日もラグビーをやってきて、おそらくパスの練習をしなかった日はない。それを何年間も、ずっとやってきたんだよねと。その上で今日、パスミスしたんだよねと。
いまからパスを練習して、直接対決の、国立競技場の決勝戦のここ一番のプレッシャーがかかるところで、その選手はいいパスが出せるのか。それはちょっと難しいですね。要するに、彼はパスには向いてない。だから「パスに依存しないでやっていったほうがいい」ということだったんです。
ここでもう一つ重要なのが、その選手がパスが不得意だということを、周りの選手みんなが知っていることなんです。その後行われた慶應との決勝戦で、その選手はここ一番のところで、ダミーパスを出したんですよ。ダミーパスとは、走って行って、パスを出すフリをするんです。パスが出ると思わせるから、相手はボールが飛びそうな方向に振られるんですよね。そこで出来た間を抜いて行く戦術なんです。このダミーパスの何が難しいかというと、味方も騙されちゃう可能性がある。
社会人7年目。インターネット企業にて、営業、秘書を経験後、現在は食に関するサービスを担当。
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その選手が出したパスは、ものすごいパスっぽいダミーパスだったんです。チームメンバーは、「こいつはいざっていう時は絶対パスしない」ってわかっているんですよ。だから、チームは混乱せず、対戦相手の慶應の選手だけがバーっと振られてしまい、本人はランで突破していった。
これは、すごくいい組織の一つのモデルだと思うんです。お互いが相互の得意不得意についての深い理解に基づいて補い合っていく。このようなチームを作るために、一番最初にあるのは、個人の好き嫌いの表明なんですよね。
さっきの話と無理やりくっつけると、違和感とか言ってることの、何が問題かというと、話が先に進まないんですよ。「ちょっとこの仕事違和感があります」なんて表明しても、その感覚が共有できず、先に進まない。自分はなんでこういうことをやりたくないかという、言うなれば「好き嫌い」なんですけど。それを表明するのは、とってもいいことだと思うんです。
※中編は5月19日(木)に公開予定です。