共感で結ばれた絆だから
感謝が芽生える

代表監督では味わえなかった<br />企業リーダーとしての苦悩<br />―岡田武史×藤沢久美 対談(1)

【藤沢】スタッフを幸せにしたいという気持ちや感謝の気持ちはどこからくるのですか?

【岡田】コーチ陣やバックオフィスのスタッフの中には、安定した仕事・給料の高い仕事を捨ててこっちに来てくれた人もいる。まずそれがありがたいなと思うよね。

【藤沢】そういう人たちはどうして岡田さんのもとに集まってきてくださったのか、ご自身ではどう分析されていますか?

【岡田】それは単にクラブを優勝させるため、というのではないと俺は思っている。コーチやスタッフたちは、俺の想いに共感して集まってくれたと思うんだよね。なぜ俺がリスクを冒してチャレンジしているのか。それは次世代のための社会創りをしたいから。社会がこのままではいけないという想いがずっとあるんですよ。だからうちは、「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」という経営理念を掲げているんです。同じ想いを持ってくれている奴らを投げ出すわけにはいかないよ。

【藤沢】素晴らしい経営理念ですね。

【岡田】増収増益を続けている企業でも、社員が生き生きしていない会社はたくさんあるよね。経営者は「お前に任せる」とか言っているけれど、実際には任せてない。任せるというのは、経営者が欲しい結果を出させることではない。任せるというのは、「結果も含めて任せる」または「考えてもいない結果を出してくれる可能性を与える」というのが、僕の考える「任せる」なんです。

【藤沢】メンバーを信じて、権限を与えないと、メンバーは生き生きと働くことはできませんね。

【岡田】そう、「限界」を決めちゃうとだめだよね。
たとえば、業種によってはこの商圏は人口何人で、平均年収はいくらという状況から、だいたいの商売の大きさは決まる。そこで利益を出すためにはコストを削る必要があるし、一番大きなコストである人件費を抑えるしかない。

いろいろな経営者の方が俺に「安易に給料は上げるなよ、一度上げると厳しくなるぞ」と助言してくれる。それは真実だと思うけど、俺は思っているんだ。「限界をつくるのはやめよう、夢はなんぼでも広がっていく。給料を上げたら、もっと売り上げを増やそう」って。そういう会社のほうが、社員が前を向けるはず。無駄な経費はもちろん削るけど、人が笑顔になる経費は無駄ではない。

【藤沢】おっしゃることにすごく共感しますが、多くの経営者がそうしたくても、なかなかできなくて、だから「安易に給料は上げるなよ」とおっしゃったのだと思います。岡田さんの信念の貫き方は、やっぱり違いますね。

【岡田】サッカーでも、勝つためだけならやるべきことは単純だし、面白くするのも簡単。でも、「面白くて強い」というチームを作るのは大変なんだ。会社も同じで、黒字にするだけならやれるよ。コストを削ればいいんだから。でもそれだけではだめだと思うし、「好きにやれ」といって会社が潰れてもだめ。「生き生き働けて、利益も上げられる」というのが、俺の理想であり、次世代に残したい企業の形であるわけよ。

【藤沢】岡田さん、なんだかすっかり経営者ですね。

【岡田】だって、自分の子どもを、意欲もなく、黙々と働くような大人にはさせたくないでしょ。どんな生物も次世代に命を繋ぐために懸命に生きているのに、人間だけが、今日の経済や株価やら、目の前のことばかりを考えている。そういう想いがあるから、次世代に遺せる社会・企業をつくりたいんですよ。

第2回に続く ※7/5公開予定)

代表監督では味わえなかった<br />企業リーダーとしての苦悩<br />―岡田武史×藤沢久美 対談(1)