「出る杭」が打たれる理由は、脳科学的に説明できる

中野 それは、脳科学的にも面白い論点なんです。オキシトシンというホルモン物質があります。愛着や信頼感を形成するので「愛情ホルモン」とか「幸せホルモン」なんて呼ばれたりします。そんなに素晴らしい物質だったら際限なくたくさん出てくればいいんですけど、人間の体はそうはなっていないんです。というのは、オキシトシンにはいい効果ばかりではなく、悪い効果があるからなんですね。

林要(はやし・かなめ) 1973年愛知県生まれ。東京都立科学技術大学(現・首都大学東京)に進学し、航空部で「ものづくり」と「空を飛ぶこと」に魅せられる。当時、躍進めざましいソフトバンクの採用試験を受けるも不採用。東京都立科学技術大学大学院修士課程修了後トヨタに入社し、同社初のスーパーカー「レクサスLFA」の開発プロジェクトを経て、トヨタF1の開発スタッフに抜擢され渡欧。「ゼロイチ」のアイデアでチームの入賞に貢献する。帰国後、トヨタ本社で量販車開発のマネジメントを担当した際に、社内の多様な部門間の調整をしながら、プロジェクトを前に進めるリーダーシップの重要性を痛感。そのころスタートした孫正義氏の後継者育成機関である「ソフトバンクアカデミア」に参加し、孫氏自身からリーダーシップをたたき込まれる。その後、孫氏の「人と心を通わせる人型ロボットを普及させる」という強い信念に共感。2012年、人型ロボットの市販化というゼロイチに挑戦すべくソフトバンクに入社、開発リーダーとして活躍。開発したPepperは、2015年6月に一般発売されると毎月1000台が即完売する人気を博し、ロボットブームの発端となった。同年9月、独立のためにソフトバンクを退社。同年11月にロボット・ベンチャー「GROOVE X」を設立。新世代の家庭向けロボットを実現するため、新たなゼロイチへの挑戦を開始した。著書に『ゼロイチ』(ダイヤモンド社)。

 悪い効果というのは?

中野 1つは「排他的感情を高める」というものです。自分のチームや、自分の味方になってくれる人に高い愛着や信頼感を持つ半面、チーム以外の人のことを低く見たり、必要以上に敵対視したりするんです。もう1つは「妬み感情を高める」というものですね。目立つ人の足を引っ張ろうとする感情を抱かせるんです。いわば、オキシトシンは“諸刃の剣”なんです。

 なるほど。

中野 そして怖いのが、最初は「味方」として相手に認定されていたのに、いきなり「敵」になってしまう場合があるということなんです。はじめのうちは、オキシトシンのいい効果がお互いに発揮されて、愛着や信頼感がどんどん形成されていたのに、「この人は味方じゃないんだ」という心理的なイベントが起きてしまうと、排他的な感情や妬みといった、オキシトシンの悪い効果が出てきてしまうんです。

 すると、一気に「この人の脚を引っ張りたい」というような攻撃性が高まるわけです。仲間だと思っていたのに、突然敵対視されだしたなと感じたら、それはどこかのタイミングで相手に「裏切られた感」を与えてしまったのでしょうね。オキシトシンの悪い効果が大きくなると、「何を言っても敵」の状態になってしまいます。

 それは恐ろしいですね……。

中野 「味方⇒敵」の急激な変化が起きやすいのが夫婦間の場合なのですが、会社のなかでもそういうことが起こりうるんです。だから、はじめのうちに仲間意識を醸成しすぎると、何か「裏切られた感」を与えてしまうイベントが起きたときの反動が大きいということにもなります。心理学的に言えば、「風通しのいい組織」をつくるためには、「仲間意識を適度な薄さに抑える」ということが大事になってくると言えそうです。

 おもしろいですね。オキシトシンが大量に分泌されるような関係性にあるコミュニティにおいてこそ、「出る杭」は「敵」とみなされやすいということなんですね。