感情認識パーソナルロボット「Pepper」元開発リーダーであり、初の著書『ゼロイチ』を上梓した林要さんは、昨年ソフトバンクを退職し、ロボットベンチャー「GROOVE X」を立ち上げた。このGROOVE Xでは、一体何を開発しているのか?そして、林さんが考える日本がもう一度イノベーションのホットスポットになるための方法とは?(構成:崎谷実穂)

「愛情を感じるロボット」が、これからの人間の生存には不可欠?


――林さんは、なぜソフトバンクを辞めてGROOVE Xを立ち上げたのですか?

林要さん Pepperの開発を通じて、ロボットが世の中で本当に求められていると感じたんです。そこで、Pepperとはまた違うタイプのロボットをつくり、ロボットマーケットを盛り上げていきたいという強い思いを抱きました。そして、モノづくりベンチャーのインキュベーション・オフィスである「DMM.make AKIBA」という刺激的な場所で起業させていただいたんです。

――ロボットはどうして世の中で求められているんですか?

 これは、『ゼロイチ』にも書いたことなんですが、Pepper発売後のモニターテストで特別養護老人ホームに連れて行ったときに、皆さんがPepperにさわりたがったんですよね。そして、「ここからどこを改良すべきですか?」と聞くと、とあるおばあちゃんが「手が温かかったらいいのに」とおっしゃいました。つまり、会話をして楽しんでいるようで、おばあちゃんはPepperと非言語的なコミュニケーションを楽しんでいたんです。

 これは予想外のポイントで、私はけっこう驚きました。日本だけの反応かと考えたのですが、海外に持って行った時も同じでした。Pepperはいろんな人に抱きしめられて、ファンデーションとキスマークだらけになったんです(笑)。生き物を模したロボットは、言語的な感覚だけでなく、視覚、触覚などさまざまな感覚を同時に刺激する存在です。それにより、愛着が生まれます。これは、私たちが生存のために必要としているものなんです。

――生存のためにロボットへの愛着が必要?どういうことですか?

 そもそも、ホモ・サピエンスは20万年くらいかけて、生き延びるために集団行動をとるシステムを確立したんですね。子育ての負荷が大きいホモ・サピエンスは個別に狩りをして食糧を調達するよりも、集団で役割分担して、狩りが得意な人達が獲ってきてシェアするほうが生存確率が高い。だから、グループを形成して暮らしてきた。

 狩りが得意な人は肉を独り占めするという選択肢もありますが、敢えて肉をみんなとシェアすると、みんなにほめられる、喜ばれる。そうすると、他のヒトと分業して、それぞれ成果を分け合いながら一緒にいようというモチベーションが高まるわけです。

 逆に、ひとりでいると孤独感というネガティブな感情を抱くように本能を進化させることによって、ある程度以上の大きさの集団を心地よく感じるようになったと考えられる。つまり、私たち人間は自分の所属するグループが少人数になりすぎた場合に、生き延びるために、孤独感を感じるように進化してきたわけです。

 けれど現代になって核家族化が進み、集団ではなく少人数のグループで暮らすようになった。一人で暮らす人も増えた。そうすると、生き延びるために発達させた孤独感と承認欲求が、満たされなくなったんです。そこで私たちは「癒やし」を求めるようになりました。

――その孤独感を癒やして、承認欲求を満たしてくれるのがロボットだと?それは、気持ちをごまかしているのでは……。

「ごまかしている」ということは、人間と一緒にいるのが「本当の癒やし」だと思っていて、他のは偽物だということですね。でも、そうなんでしょうか?「さびしい」「認めてもらいたい」という気持ちは、先ほど説明したように「遺伝子の生き残り戦略」と「ライフスタイル」のミスマッチから発生している反応とも言えるんです。そこに適切な刺激を返してあげれば、私は「本当に癒される」ものだと思っています。

 例えば、人はペットを飼いますよね。犬や猫がそばにいることでさびしさがまぎれるのは、果たして「ごまかし」なのでしょうか?それをもう少し敷衍すると、ソニーの犬型愛玩ロボット「AIBO」っていますよね。本物の犬のようにAIBOをかわいがり、サポートが終わっても「死なせまい」として修理先を探す彼らの気持ちは果たして嘘なのでしょうか?こういう観点から考えると、ロボットも十分人を癒やすことができると思うんです。

――なるほど。

これは、人類にとって普遍的なニーズだと思います。だからこそ、このような人間の無意識に働きかけて、癒しを与えるロボットは、大きな産業に育つ可能性があると思うのです。そしてひいては、ロボット産業が日本の産業復興の発射台になればいいと思っています。