ユーザーが求めているのは「技術」ではない
すると、やるべきことが、少しずつ具体的に見えてきました。まずその目標を単なる「ダウンフォース」ではなく、「圧倒的なダウンフォース」を実現することにしました。さらに、その開発ストーリーがわかりやすく表現される形状をもたせることをゴールに設定したのです。
そのふたつを両立するために僕が注目したのが、車体の裏側でした。
車体の裏側は、乗用車のダウンフォースを生み出す重要なポイントです。ふたつの接近した平面に特定の空気が流れ込むと、そのふたつの平面をくっつけようとする力学が働きます。つまり、車体の裏側と地面の間に流れる空気を適切にコントロールすれば、強いダウンフォースを生み出すことができるのです。しかも、車体の表側の形状はデザイナーが主役ですが、裏側はエンジニアが主役。エンジニアである僕がアプローチしやすい領域でした。
そこで、僕は、車体の裏側をレースカーのようにカバーで覆うことを考えました。普通の乗用車の裏側は、いろいろな部品がゴチャゴチャとむき出しになっていますが、それをスッポリとカバーで覆うのです。そして、理想的な空気の流れを生み出すために、そのカバーにさらに空気の流路をつくったり、車体後方のカバーの形状を上部に切り上げることで、空気を吸い出せるようにするわけです。
普通の人は、車体の裏側など気にしませんが、3750万円の車に興味をもつマニアにとっては、見えない部分のこだわりはとても大事な「開発ストーリー」の一部。それに、車体後方の形状は、見る人が見ればその創意工夫を視認することができるのですから、わかりやすい。それっぽいデザインではなく、本当の機能美をつくり込みたい。このような開発ができたら、きっとユーザーの「憧れ」の足しになるはず。こうして、僕の人生初のゼロイチは動き出したのです。
残念ながら、開発の途中でF1に異動になったため、僕はLFAの発売までかかわることはできませんでしたが、このコンセプトは後任の担当者や関係者の多大なる努力で実現。ユーザーからも、よい評価をいただくことができたのです。
このときの経験は、僕にとって「指標」になっています。
最大のポイントは、ゼロイチのゴールをどこに設定するのかということ。僕は、必ず、ユーザーの「隠れた願望」をゴールにしなければならない、と考えています。「隠れた願望」とは、ユーザーに聞いても出てこない、だけど見たり経験したら欲しくなるようなもののことです。
僕たちはついつい、新技術を投入すればゼロイチが生まれると考えがちですが、そのような「技術を出発点としたゼロイチ」は難しい。新技術を投入すれば「これまでにないもの」は生まれるかもしれませんが、市場に受け入れられなければ、ただの自己満足です。大切なのは、あくまでユーザーの願望に応えるために、技術を選択すること。つまり、「願望」が主で「技術」が従ということです。
ユーザーが求めているのは「技術」ではありません。
ユーザーの「願望」こそが、ゼロイチのゴールなのです。