人間としての「実感」の伴うゴールを探す

 トヨタに入って3年目──。
 僕は、たまたま「レクサスLFA」のプロジェクトにエントリーされました。僕に与えられたのは、「ダウンフォース」を生み出すというテーマでした。

 ダウンフォースとは、車体を下に押し付ける空気の力のこと。この力が安定して強いと、タイヤと地面の摩擦力が強くなります。そして、この摩擦力が強ければ強いほど、スピードも速くなるし、走行の安定性も上がります。すなわち、「乗り心地」がよくなるわけです。

 ところが、当時は、ダウンフォースを意識してつくられている市販車は、世界的にも稀でした。あるにはありましたが、その多くは「自称」。実測すると性能が出ていないものが多かったのです。本当に実現しているのはレーシングカーの世界だけ。つまり、一般の道を走れないようなレーシングカーの技術を市販車に応用することが求められるわけです。それは、空気力学のエンジニアにとってきわめて魅力的なゼロイチでした。ただ、どこか物足りない。「ダウンフォース」というだけでは、「具体的に何をしたらいいのか?」が明確にならなかったのです。

 そこで、僕は、こんなことを考えました。
 LFAを買ってくださるユーザーは、何を求めているんだろう?
 一台3750万円の高級車です。そこに、「強い想い」がないはずがありません。その想いがわかれば、やるべきことが具体的に見えてくるかもしれない……。

 そして、ピンと来るものがありました。もちろん、僕はそんなに高い買い物をしたことはありませんが、無理をして高級品を購入したことはあります。たとえば中学時代に、懸命に貯金して買ったセミオーダーメイドの自転車。値段は違うけれど、無理をしてでも買いたいと思う気持ちには似たところがあるはず。僕は、あのとき、何を求めていたのだろう?それで思い出したのが、当時の自転車雑誌。新しい部品や自転車の情報に関する記事を、むさぼるように読んだものです。

 特に面白かったのが開発ストーリー。趣味性の高い自転車は、性能を高めるために工夫が凝らされており、それが部品やフレームの形状に機能美として表現されています。開発ストーリーを読むと、後に一世を風靡したNHKのノンフィクション番組「プロジェクトX」のような開発物語として、そこにかかわった人たちの情熱が製品に透けて見えるような気がしました。そして、「すごいな、この部品!使ってみたい!」とワクワクするような「憧れ」を感じるようになるのです。

 つまり、僕がちょっと無理をしても買いたかったのは、この「憧れ」だったのです。だったら、LFAを買ってくださる方が求めているものの本質も、「ダウンフォース」という「現象」ではなく、「すごいな、この車!」という「憧れ」であるはず。こうして僕は、この仕事のゴールを「憧れ」が透けて見える形と性能に設定することにしたのです。