
岡 直樹
ITなどの巨大多国籍企業に対し「市場国」の課税や最低15%の「グローバルミニマム課税」の導入を決めた経済協力開発機構(OECD)の国際課税合意は、トランプ政権が離脱を表明したことで実施が危うい状況だ。関税による鉄鋼や自動車などの保護だけでなく先端IT企業まで守ろうとする「米国第一」は、新しい時代に対応する国際課税の取り組みを一気に逆流させるものだ。

トランプ新政権が早々に打ち出すと予想される関税引き上げは「ディール」の手段との見方もあるが、減税などのための「歳入」確保と「雇用」増の両方を狙うトランプ政策推進の軸で実施の可能性は高いと考えた方がいい。「米国第一」の姿勢は多国籍企業などへの国際課税の取り組みを逆戻りさせる懸念もある。

富裕層の節税の象徴として複数の国を移動し続ける“永遠の旅行者”がいわれてきたが、定住地をもたずネットを通じて海外で高額報酬を得ている「デジタルノマド」という働き方が広がっている。移住による税逃れの封じ込めとともに、国境を越えた有能な人材の移動への課税のあり方が新たな課題として浮上している。

超富裕層に対する「2%グローバル・ミニマム税」を創設、地球温暖化や貧困対策に充てる構想をG20(20カ国・地域)議長国のブラジルが掲げ、IMF(国際通貨基金)なども前向きだ。億万長者が保有する富は約13兆ドルといわれ、2000億ドル以上の追加税収が見込まれるとされ、租税回避封じだけでなく地球規模の課題解決の財源としても期待は大きい。

タックスヘイブンを使った巨大IT企業など多国籍企業の税逃れ封じの取り組みで、法人税収を「市場国」にも配分する多国間租税条約が2024年内に署名される段取りだ。「15%グローバルミニマム税」導入とともに国際的な租税回避封じの枠組みが動き出すことになるが、ここにきての懸念は米国議会の“反乱”だ。

イノベーション支援で特許などの知的財産から所得の法人税課税を軽減する「イノベーションボックス税制」創設が掲げられた。欧米に後れを取るスタートアップ企業育成などの追い風になるのかどうか、課題も残る。

30億円超の高額所得者に最低22.5%の税負担を求める制度は岸田首相が「1億円の壁」打破を掲げ頓挫した金融所得課税強化の“代役”だが、対象となるのは300人程度。格差是正の切り札には力不足だが、小さく生んで大きく育てることになるのか。

グローバルミニマム税導入で、多国籍企業の親会社が多く所在する米国をはじめ日本も、計算上は約20億ドルの追加的税収が見込まれる。だが、国際課税のゆがみが十分に是正されるかは不確かだ。

所得が1億円を超えると所得税負担率が軽くなる「1億円の壁」は税負担の不公平や所得格差のゆがみを象徴する。問題の元凶である金融所得課税見直しで2つの選択肢について議論を急ぐべきだ。
