
酒井才介
トランプ政権は、日本への「25%」など14カ国に新たな関税率を通告した。相互関税引き上げ猶予の期限を実質的に8月1日に延期することで譲歩を求める戦略とみられるが、発動となれば関税による対米輸出減少で日本の実質GDP(国内総生産)は1年間で0.4%程度下押しされる。設備投資や雇用所得へ下押し影響が波及すれば、景気後退入りのリスクが高まることに注意が必要だ。

日本経済はトランプ関税の影響が逆風となり、4~6月期も1~3月期に続きマイナス成長の可能性がある。ただ、既往の原油安で輸入コストが抑制されることで企業収益は高水準を維持し、サービス業などの強い人手不足感のもとで賃上げ機運は継続、来年春闘は4%台半ば以上の賃上げが期待できる。この流れを確認すれば、日銀は2026年年初にも利上げを再開するだろう。

コメや生鮮野菜を中心とした食料インフレなどで2025年度の家計の支出負担増は前年度から8.7万円程度増加が見込まれる。春闘は2年連続で5%台の賃上げ率になり、実質賃金前年比は7~9月期にもプラス転化する見通しだが、物価高の継続で25年度は+0.4%程度の伸びにとどまるだろう。物価高が家計消費の重しになっている構図は変わらず、経済の好循環の実現は道半ばだ。

今春闘は昨年並みの高水準が見込まれるが、実質賃金は2022年以降の物価上昇分を取り戻せない見通しだ。背景には企業の「メリハリ賃上げ」による労働分配率の伸び悩みや人手不足業種のデジタル投資不足による生産性低迷があるが、「人手不足下での実質賃金低迷」は需要・供給両面から日本経済の成長力を弱め、縮小均衡をもたらすリスクをはらむ。

日本銀行の0.25%Ptの追加利上げで、家計は預金利子収入の増加が住宅ローンの利払い増を上回り、全体で年間0.6兆円プラス影響が生じる一方、企業の経常利益は円高進展の影響も含め全体で▲1%押し下げられる。政策金利は0.5%と17年ぶりの水準だが、2025年度末には1%に達する可能性が高い。「金利のある世界」への備えが求められる。

「103万円の壁」引き上げなどを条件に野党の一部が賛成に回って2024年補正予算案が成立した。規模ありきの経済対策や減税で財政健全化目標の達成はほぼ絶望的な状況だ。政権基盤が弱体化する中、財政規律は確実に弱まっており、長期金利急騰(国債価格急落)・円安といった「日本版トラス・ショック」のリスクが懸念される。

人手不足の深刻化、資本効率化要請の強まりなどの環境変化で低生産性企業は退出を迫られる。高賃上げやバブル期に迫る2桁増の設備投資計画はその流れが始まったことを感じさせる。コロナ禍などで保護された時代から企業の優勝劣敗・二極化が鮮明になるだろう。

石破新政権では岸田前政権の経済政策路線が踏襲されそうだが、成長戦略は「地方創生」を掲げるほかはやや見えにくい。人手不足など供給面の制約が日本経済の本質的な課題になっており、新政権は「デフレ脱却」よりも労働生産性の向上などの供給力強化の成長戦略に取り組むことが求められる。

日本経済の本質的な課題は、需要不足(デフレ脱却)から人手不足による「供給制約」へと変化しつつある。人手不足がボトルネックとなって建築着工やソフトウエア投資の受注が伸び悩み、インバウンド関連でも客室稼働率は頭打ちだ。需要不足を念頭にした財政金融政策はスタグフレーションの危険性をはらむことに注意が必要だ。

人手不足の深刻化、資本効率化要請の強まりなどの環境変化で低生産性企業は退出を迫られる。高賃上げやバブル期に迫る2桁増の設備投資計画はその流れが始まったことを感じさせる。コロナ禍などで保護された時代から企業の優勝劣敗・二極化が鮮明になるだろう。

日本経済の本質的な課題は、需要不足(デフレ脱却)から人手不足による「供給制約」へと変化しつつある。人手不足がボトルネックとなって建築着工やソフトウエア投資の受注が伸び悩み、インバウンド関連でも客室稼働率は頭打ちだ。需要不足を念頭にした財政金融政策はスタグフレーションの危険性をはらむことに注意が必要だ。

34年ぶりの円安進展の背景には、日米金利差拡大要因や投機要因に加えて、貿易赤字や「デジタル赤字」、対外直接投資増加などの円の需給要因の構造的な変化がある。先行きは円高に向かうとみられるが、円需給や日米の金融政策の動向を踏まえれば、円高進展ペースは緩やかで円ドルレートは2024年度末に1ドル=140円台前半を予想する。

2%物価目標が達成されれば金利正常化で長期金利も2026年末に3.5%程度に達する可能性があるが、その場合には長期金利が名目成長率を上回り、債務残高の対GDP(国内総生産)比の発散リスクが高まる。財政破綻を回避するには消費税率換算で15%程度の財政収支改善が必要になる計算で、「財政の正常化」が待ったなしだ。

今春闘は4%程度の高い賃上げ率が見込まれるが、「物価・賃金の好循環」実現は難しそうだ。実質賃金は24年度後半に前年比プラスに転じるが、個人消費を上向かせるには力不足でGDPの回復の足取りも鈍い見通しだ。25年春闘の賃上げモメンタムは弱まり2%物価目標達成や「デフレ脱却宣言」は遠のく可能性が高い。

日銀が2024年から金融政策の正常化に踏み切ることで26年までに短期金利は2.75%、長期金利は3.5%程度まで上昇する可能性がある。その影響度をシミュレーションすると、家計は住宅ローン負担増を預金収入増などが上回り恩恵が大きい一方、負債が多い企業や輸出産業を中心に金利上昇・円高で収益が下押しされるほか、政府も利払い費増が財政負担になることは不可避だ。

経済対策の効果を試算すると、GDPの押し上げ額は6兆円、率では0.9%程度で、政府が掲げる「19兆円」は根拠が曖昧だ。物価高対策での家計の負担軽減額は「年間4.4万円」にとどまり生活支援策としては費用対効果が低い。

株価上昇や若年層を中心とするリスク資産保有世帯増加の流れが続けば、2040年までに家計のリスク資産残高は2.4倍に増えるシミュレーション結果が出た。ただし若年層への金融教育拡充や国債安定消化を維持するための財政秩序回復も重要だ。

持続的な物価上昇が実現するかどうかは、人々や企業が物価上昇は「当たり前」と考える物価観に変わるかどうかにかかる。ポイントは2024年以降も十分な賃上げが続くかであり、人手不足の深刻化がノルム転換のトリガーになる可能性は否定できない。

春闘賃上げ率は23、24年と続けて3%台となる可能性が高いが、物価上昇との見合いでは十分とは言えず、実質賃金は24年度まで前年比マイナスが続く見通しだ。懸念は消費者の「値上げ疲れ」で企業の価格設定が慎重になり、賃上げ率が再び縮小することだ。

植田日銀は当面は緩和政策を維持する見通しだが、早ければ6月会合でYCCの長期金利目標の撤廃に踏み切る可能性は残る。試算では長期金利が1%近傍まで上昇すれば、GDPが▲0.2%程度下押しされ120円台の円高になる。
