ソニーへ転職し新規事業を立ち上げ
子会社COOに就任

最初の転職は、ソニー。当時の出井社長の直轄部署で活躍した

 充実したキャリアを送っていた長銀からの転職を考え始めたのは、トヨタの役員と会食をした際に「新しい事業を提案してくれるのもいいが、自分で事業をやる方に来ないか」とヘッドハンティングされたのがきっかけだった。

「実は長銀から内定が出たとき、銀行では新規事業をキャッシュフローから学びたいので10年くらいいるつもりだと生意気にも言っていたんです。それを思い出させてくれたのがこの会食でした。ただ、トヨタは堅い会社なのでどうしようかなと考えたとき、新聞広告でソニーが『プロデューサー来たれ』と募集していたのを見つけて応募しました」

 1997年4月、予定の10年より少し早く長銀を退職しソニーへ転職した。配属先は新たに設立された通信サービス事業室。当時の出井伸之社長直轄の部署で、入社間もなく社長室で室長から「この人、長銀から来たんですよ」と出井社長に紹介された。これからブロードバンド時代が始まろうとしていたこの時期、出井社長はソニーが蓄積してきた技術とコンテンツを活かし、新たなサービスを提供していく構想を描いていた。

 八尋さんはソニーで東急ケーブルテレビジョン(現イッツ・コミュニケーションズ)への出資交渉や、ブロードバンド向け大容量コンテンツを配信する新事業を担うAII(エー・アイ・アイ)を東京急行電鉄、トヨタとともに合弁で設立する役割を担った。まだ光回線が普及していなかった当時、主にそれを見られるインフラはケーブルテレビに限られ、すでにケーブルテレビを運営していた東急とトヨタの協力が必要だった。

 大手3社の提携だったが、八尋さんは東急とトヨタには長銀時代から業務を通じてつながりがあり、かつ出井社長は非常にフランクだった。

「社長室にもごく普通に出入りして提案をしていましたし、AII設立で出資比率に関しトップ交渉が必要だと出井社長にお話をしたら『わかった』といってその場でトヨタの奥田会長にすぐ電話をしてくれました。逆にいうと、何かあると面倒くさいくらい出井さんから携帯に電話が入ってきたのですが(笑)」

 2000年に設立されたAIIは同年7月20日の海の日にTUBEライブ映像の配信実証実験を行い成功させ、日本で初めて韓国ドラマ「冬のソナタ」を放映したことで知られる。八尋さんは設立メンバーとして取締役チーフストラテジストに就任し、後に常務取締役COOとして実質的に経営を任された。

「私は戦略を描いて人を引き合わせ、会社をつくってファイナンスをつけるという経営戦略のプロでいたかったのですが、当時のソニー上席常務でAIIの社長だった堀籠俊生さんから『人を育成して会社を運営するほうが向いているんじゃないの』と言われまして。『いや、向いていないと思います』と答えたのですが結局、巻き込まれてCOOをやらされました」

 設立当初、AIIは八尋さんも含め4人のメンバーでスタートした。ソニーの社員に「こちらに来ませんか?」と打診しても「いや、私はソニーにいたいです」と断られることも多々あったが、狙い通りブロードバンド向けコンテンツの需要は拡大し、最盛期には社員数が100人規模に増加した。

 なお、上司の堀籠氏は音の専門家で、どうすれば人は安心するのかを追求し電子マネーEdyの「シャリーン」という決済音をつくった人物。韓流ドラマをはじめとするコンテンツを集めてきたのは日本テレビから転職し、後にLINE社長となる森川亮氏。その他にも大手電機メーカーから優秀なインターネット技術者が集まっており、非常に人材に恵まれた環境だった。

 AIIは2005年には売上高が27億円に急成長、社員も最初の4名から100名を越し、投資家から数十億円の出資も受けIPO準備にも入った。