筆者は先々週首都ワシントンに出張していた。11月2日に行われた中間選挙での共和党の圧勝から2週間経っていた。もうオバマ大統領はアジア諸国歴訪の旅からすでにホワイトハウスに戻っているのだろうが、物々しい警戒感はなくあたりは意外に静かだった。これから下院の過半数を占めた共和党と巨額の財政赤字をめぐって活発な論戦が展開されるはずだが、議事堂周辺も静かだった。
大統領の外遊中にホワイトハウスと議会では新たな動きがでていた。民主党敗北の最大の原因は景気回復のスピードが鈍く失業率が依然高いことに国民が苛立っていることである。もうひとつの大きな争点になっているのが国が抱える膨大な借金である。オバマ政権は発足直後からGMの破綻、シティバンク、バンクオブアメリカ、AIGの救済に大規模な公的資金を投入した。これが一段落したときに、今度は健康保険改革を推進したので、国の借金はさらに増える形勢にある。
共和党とこれを支えた市民グループのティーパーティー(茶会)がこの点を鋭く突いて、下院での圧倒的な勝利を収めた。オバマ大統領としては2年後の大統領の再選をにらんで、共和党の路線に歩み寄る姿勢を見せているが、中間選挙直後の記者会見を最後にインドネシア、インド、韓国でのG20、日本でのAPEC総会に出席するためにホワイトハウスを離れてしまった。留守中に、ホワイトハウス内の「財政規律改革委員会」が財政赤字削減案を取りまとめ、これを仮報告として発表した。
仮報告書の内容は2020年までに3.8兆ドル(約310兆円)を削減する大胆な内容である。この案には年金給付年齢の65歳から69歳への引き上げといった過激な内容も含まれており、このまますんなり法案になるとは思えないが、1000億ドルもの軍事費削減が含まれていることに注意する必要がある。軍事費削減策のひとつとして在外米軍基地の1/3を廃止するとしている。
オバマ大統領は今回の歴訪でアジアの国防についてあまり大きな変化を感じずに帰国したようだが、韓国でのG20と日本でのAPECを舞台にした首脳間の個別会談で大きな変化が起きている。日本の菅首相と中国の胡錦濤主席、菅首相とロシアのメドベージェフ大統領との会談は全くの物別れに終わっている。米国がこの変化に気がつかないと時代認識を誤る惧れがある。時代認識の錯誤はオバマ大統領だけではない、日本の菅首相はもっとひどい。
菅首相は胡錦濤主席に日本と中国の関係は「一衣帯水」の関係であると語ったと言われるが、これは「海や川によって隔てられているが、関係が極めて近いこと」を意味する極めて情緒的な表現である。今の日中関係を表現するのに適切な言葉だろうか。尖閣諸島の事件があっても「一衣帯水」か。
日本が中国との関係を振り返るときに「唐」の時代にさかのぼる傾向がある。日本では古い歴史は懇切丁寧に教えるが、日中戦争の歴史はあまり教えない。逆に中国は古い歴史はあまり教えないが、「清」が列強の帝国主義によって侵略された歴史、ならびに日中戦争を詳しく教え、これらの屈辱的な時代を乗り越えて中国に共産党政権が誕生した歴史を誇らしげに教える。日本と中国の教科書問題が両国の歴史認識のズレを生んでいる。