高度成長期さなかの1963年(東京オリンピックの前年)には所得格差は5.65倍と大きかったが、オイルショックで高度成長期が終わりを記した1973年には4.08倍とめざましい低下を見た。経済の高度成長にともない、安定した職を得て従来の貧困層の所得が大きく上昇したのが原因だと考えられる。

 その後、じりじりと所得格差は拡大し、バブル期を経て、1999年に4.85倍のピークを記したのち、2003年に急落し、近年は、ピーク時からはかなり低い4.5倍前後の水準でほぼ横ばいに推移している。

 図には30代世帯主世帯の所得と50代世帯主世帯の所得との世代間格差の動きをあわせて示しておいたが、高度成長期が終わった頃からは、ほぼ、全体の所得格差とパラレルな動きとなっている。

年功序列賃金による世代間格差が
日本の格差動向を左右してきた

 格差には階級格差と世代間格差とがあり、世代間格差は、若いときに低所得でも壮年期には高所得となるということなので、階級格差と異なり、深刻な社会の亀裂には結びつかないと思われる(生産年齢人口と高齢人口との格差も世代間格差であるが、ここでは生産年齢人口の中での世代間格差を考える)。日本は世代間格差が大きいため、海外と比較して、もともと、ジニ係数や相対的貧困率などの格差指標が高目に出る傾向にある。高度成長期の格差縮小は階級格差の縮小だったが、それ以降の日本の格差の動きは、世代間格差によって影響されている側面が大きいと考えられる。

 世代間格差が拡大したのは年功序列賃金が広がったためだと思われる。農業などの自営業分野が縮小し、企業社会が一般化するとともに、従来は大企業だけだった年功序列が中小企業にまで普及し、いわゆる日本型経営が支配的となったことが背景にある。若いうちは少ない給与で働き、経験と技能を高め、企業内の階梯をのぼることで給与が大きく上昇するパターンが、安低成長期の企業成長の中で実現し、若年層と壮年層との世代間格差が拡大したことで、日本の格差が拡大したかのように見えていたのである。

 1990年代のバブル崩壊後にも、こうした企業秩序はしばらく失われなかった。というより、しばらくしたら80年代のような経済状況に戻るという、後から考えるとはかない予想の下、不良債権問題の処理を先送りにしながら無理して従来の企業秩序を維持していたともいえる。デフレ経済のもとで実質賃金が上昇し労働分配率が過去最高水準となったのもこの頃である。人数の多い団塊の世代が賃金が最も高くなる50代になったので企業の負担感はピークに達していた。

 そして、こうした無理がついに維持できなくなった1990年代末から、大手金融の経営破綻・大型倒産が相次ぐ中、リストラの嵐が吹き荒れ、本当の意味でのバブル崩壊が日本社会を襲った。高止まりしていた壮年層の所得水準はリストラに伴って一挙に崩壊し、世代間格差はバブル期以前の水準まで急低下した。上位20%の高所得世帯の実態は、安定した所得を得ていた壮年層だったため、この層の所得低下で日本の格差は一気に縮小することとなったのである。団塊の世代は浮かれていた時代のツケを支払わされたといえよう。中高年の自殺率は急上昇した。

「改革なくして成長なし」のスローガンとともに小泉政権(2001~2006年)が登場したのはこの頃である。郵政民営化は、リストラの影響で辛い目にあっていた国民が抱いていた、従来秩序に守られ安穏としていた公的機関への反感を追い風に進められた。2006年の通常国会では、構造改革が社会格差の広がりを生んでいるとする野党の批判に対して、小泉首相は、「格差が出ることが悪いとは思わない」、「勝ち組、負け組というが、負け組に再挑戦するチャンスがある社会が小泉改革の進む道」と反論したため、格差拡大自体は進んでいる印象が国民に広がった。