これまでこの短期連載で、起業家、顧客サービス、企業文化といったテーマを取り上げてきた。「そんな常識を超えたようなことが本当にできるのか?」「社員全員が本当に納得してやる気を出すなんてことができるのか?」といった疑問を持つ方は少なくないだろう。こうした疑問に応える意味で、第5回では、ザッポスCEO(最高経営責任者)トニー・シェイの「幸せのビジネスモデル」について触れる。ポジティブ心理学の実践モデルと言われるザッポス経営の核心部分である。

 ザッポスCEOのトニー・シェイの著書『顧客が熱狂するネット靴店 ザッポス伝説』の原題は「Delivering Happiness: a Path to Profits, Passion and Purpose」(幸せを届ける:利益、情熱、そして目的への道)である。これは、ザッポスが究極の目的とするのは「幸せを届ける」こととしているためである。

 企業経営者が発信する経営ビジョンを思い起こしてみると、たとえば松下電器産業(現パナソニック)創業者の故・松下幸之助氏による「水道哲学」がある。これは、「物資を水道の水のごとく安価無尽蔵に供給して、この世に楽土を建設する」という、まさに松下幸之助の信念であり、それが昇華し、広く共有されて「哲学」と呼ばれるまでになったものである。

 日本の経営史上の傑出したカリスマの一人である松下幸之助の水道哲学ほどの影響力は持たないまでも、経営者によるビジョンは無数にあり、ビジョンの下に経営者は会社を動かそうとする。ザッポスも同様である。ただし、ザッポスのビジョンが他と異なるとしたら、トニー・シェイの個人的な信念や哲学の押し付けではないという点であり、最新の心理学的原理、原則に基づいているところである。(トニー・シェイには十分なカリスマが感じられるが)、これは多くの企業経営者やマネジャーにとって参考になるのではないだろうか。

ポジティブ心理学を応用

 近年、長きに渡り常識とされた経営手法が問い直されている。その一つが、人と組織のマネジメントである。

 たとえば、ホワイトカラーのモチベーションについて、これまで(いまでも)金銭で報いることが、やる気を出させる基本的な手段だと考えられてきたが、ルーチンでなく自ら判断や工夫するような仕事では、金銭的なインセンティブは逆効果となるという研究結果や理論が台頭している。これは従来の組織管理の考え方から外れた、あるいは反対のやり方だ。