スピードが遅れても
誰も責任を取らない

佐々木●もうひとつの問題は、時間をかければ正しい答えが出るのか、という問いかけです。変化が激しくなってくると、昨日まで正しかったことが、今日は正しくない、という事態がたくさん起きてくる。

 そうすると、決断をする、時間をかけること自体、出た答えが間違う原因にもなりかねないわけです。

このまま残業を放置していたのでは、<br />日本企業は負けてしまう。ではどうするか。 佐々木眞一(ささき・しんいち)
トヨタ自動車株式会社 顧問・技監
1990年、トヨタ モーター マニュファクチャリング UK 株式会社 品質管理部長の仕事の中で自工程完結の着想を得て、1996年、トヨタ自動車株式会社 堤工場 組立部部長時代に工場の自工程完結を実践。2007年 ホワイトカラーの自工程完結を全社に展開し、2009年、取締役副社長就任。2015年、『現場からオフィスまで、全社で展開する トヨタの自工程完結』を上梓。2016年 顧問・技監就任。2016年、『トヨタ公式 ダンドリの教科書』監修を務める

 ヨーロッパにいたとき、それまでヨーロッパでまったく売れていなかったメーカーのクルマがどんどん売れ出したことがあったんです。何が変わったのかといえば、デザインが変わったんです。次のトレンドがこうだ、となったら、翌年にはそれに合わせたモデルがダーっと出てくる。

 ところが、クルマを開発する期間というのは、基本的には4年なんです。いろいろ試験をやって、評価してOKを出す。ただ、そのときに僕が思ったのは、本当に4年のサイクルでいいのか、ということでした。

 重要な機能はそれでいいかもしれない。エンジンの性能や排気ガス、燃費といったものは、あまり短期的にやってもうまくいかないかもしれない。でも、お客さまが望んでいるスタイル、ボディのデザインやカラーは、考えてみれば1年もあれば作れるわけです。

小室●たしかに。

佐々木●でも、そこの切り分けができなかった。旧態依然の4年のクルマづくりに合わせてしまう。そういう硬直化した仕事のやり方だと、日本の自動車メーカーに勤めてヨーロッパ駐在をしている人間には、すごい焦りにつながるんです。これは負けるな、と。

小室●本当ですね。温度感の違う本社に、どうやってコミュニケーションされていくんですか。

佐々木●レポートを出すわけです。ヨーロッパのトレンドはこう。新興メーカーはこんなことをやっている。でも、本社の中では、そんなことじゃいかん、という議論を2年くらいやっていた。

 スピードを持った意思決定ができない。あるいはしない。ということは、そのリスクの大きさにあまり気づいていなかったということです。みんなで相談してゆっくりじっくり、全員一致で、ということによって誰も責任を取らない。失敗しても、あれだけみんなで相談したんだから、という話になる。

小室●失敗が露呈した頃には、自分の任期は終わっているかもしれないですからね。日本も、90年代半ばにはとっくに人口オーナス期に入っているのに、当時の政治家は誰も政策の舵を切らなかった。

 本来、人口オーナス期には、労働力人口不足になるので、1:潜在労働力の徹底した活用(育児や介護との両立のしやすい社会を作る)と、2:少子化対策(特に男性の育児参画)が必要なのですが、人口ボーナス期の成功体験にしがみついて、そのままの方法を維持した。

 誰も自分の任期のうちに波風立てて働き方改革をやろうとしなかったですね。佐々木さんのおっしゃるように、変革のスピードを逸することこそが、むしろリスクなんだということを認識する必要があります。

 お読みいただいた『労働時間革命』の表紙の裏側に入れていただいたんですが、長時間労働は「勝つための手段」ではなく、「負けている原因」だということ多くの人に知ってもらいたいんです。

佐々木●おっしゃる通りですね。僕が言っていること、やろうとしていることと、同じことを言っているんだと思います。(後編へ続く)