ベンチャーキャピタルとの接触──[1996年9月]
革新的な製品や仕組みを生み出すテクノロジー・ベンチャーとして、フレックスファームはマスメディアの注目を集めはじめた。「日本経済新聞」はもとより、日経BP各誌、「プレジデント」「週刊東洋経済」「週刊ダイヤモンド」「財界」「インターネットウォッチ」など、多くのメディアから取材を受け、僕はことあるごとにフレックスファームの持つ先進性と技術力をアピールした。
だが、技術の華やかさとは裏腹に、財務内容は火の車だった。ビジネス系事業は契約までに時間がかかるため、数ヵ月もの固定費が先行して出ていってしまう。銀行への返済だけで毎月数百万円に膨れ上がり、さらに未払金の分割支払いがあるという苦しい資金繰りが続いていた。
そんなある日、日本最大のベンチャーキャピタルである野村證券系のジャフコから電話がかかってきた。僕たちの話をぜひ聞きたいという。間をおかずに大和証券系の日本インベストメントファイナンス、日興証券系の日興キャピタルからも連絡が入った。聞けば、マスメディアに掲載された有望そうなベンチャーには片っ端から電話をかけているらしい。
日本におけるベンチャーキャピタルの草創期だった。僕の心はときめいた。彼らのオファーは貸付ではなく資本金としての出資だった。銀行からの借入金と違って、資本金は返済する必要がない。資本を増強してこの修羅場を乗り切り、イノベーションの花を咲かせるのだ。
テクノロジーのビッグウェーブにいち早く着目し、自社技術と組み合わせることで派手な花火をぶちあげ、マスメディアで話題にしてもらう。それを聞きつけた銀行やベンチャーキャピタルに対して事業計画をプレゼンし、資金調達を実現する。この流れがフレックスファームを蘇らせるはずだ。それに僕は緻密で論理的な事業計画、それに基づくプレゼンテーションにはとりわけ自信があった。資金調達の修業を通じて、数え切れないほどの真剣勝負の場で、研鑽し続けたスキルだったからだ。
僕は10社のベンチャーキャピタルを招いて説明会を開催した。テクノロジー・リーダーシップを最大限に強調し、フレックスファームの可能性をアピールした。
「フレックスファームは、音声応答システムで国内トップクラスの技術とシェアを持つベンチャーです。その可能性を飛躍的に高めるのがインターネットです」
僕はコーポレート・ビジョンを明示し、市場予測、競合状況、それに自社の強みと弱み、それに基づく中期事業計画を提示した。導入事例や見込み顧客もすべて開示したうえで、具体的な営業戦略、製品戦略も伝えた。最後に明るい将来像を描き、株式公開へのマイルストーンも明確に示してストーリーを締めくくる。プレゼンが終わると、さまざまな質問が飛び交った。
「音声応答システムの市場はなぜ有望だと考えるのでしょう?」
「電話は老若男女誰でも使える情報機器です。パソコンを使える人はまだ限られていますが、音声応答技術が成熟すれば、この電話がコンピュータ端末になるのです。それにこれから携帯電話が普及期に入ってゆくでしょう。電話は常に身の回りにある、最も大切な情報機器になるはずです。電話数の増加は、音声応答システムの市場を飛躍させる要因となると考えています」
「技術的な優位性を簡単に説明してもらえますか?」
「大手メーカーの出している音声応答システムは12回線対応、ボイスメール単機能で1000万円を超えます。弊社の製品は最大48回線対応、音声チャットなどの複合機能でも価格は500万円程度です。製品の耐久性や保守性はダイヤルQ2というビジネスをはるかに上回る高負荷環境で実証済みです」
「営業はどう展開しますか?」
「当社は技術系ベンチャーですが、直販営業部隊を持っているのが強みです。販売会社に頼らない分、高い利益率が期待できます。電話セールスによる営業アプローチで、自動車メーカーやラジオ局などに採用いただいており、いくら投資すればいくらリターンがあるという方程式をすでに確立しています。出資いただく目的のひとつは営業部隊の強化です」
「人材面での強みはありますか?」
「バーチャルスタッフ・システムにより、当社はこの規模で6000名の待機人材を抱えています。固定費はかからず、在宅勤務のためにローコストです。営業や設計などは社員が行い、作業を彼らにアウトソーシングする方針です」
「それは画期的な仕組みですね。すごいな」
「ありがとうございます」
「直近の財務状況を教えてください」
「売上は順調に伸びていますが、ダイヤルQ2時代の負債があり、率直に言って資金需要が旺盛です。すでに大胆なコスト削減を実施しており、事業計画上では今年から黒字化する予定です。インターネット時代に向けた技術力と営業力強化のために、ぜひご出資を検討いただけると幸いです」
「わかりました。さっそく戻って検討します」
ベンチャーキャピタル各社はすぐに資料を持ち帰り、自社の稟議プロセスにかけ、投資の可否を検討してくれた。何度も個別質問の電話が入り、僕はそれに一つひとつ丁寧に応対した。求められた資料も作成した。文字通り、人事を尽くして天命を待つ心境だった。(つづく)
(第17回は1月25日公開予定です)
斉藤 徹(さいとう・とおる)
株式会社ループス・コミュニケーションズ代表 1961年、川崎生まれ。駒場東邦中学校・高等学校、慶應義塾大学理工学部を経て、1985年、日本IBM株式会社入社。29歳で日本IBMを退職。1991年2月、株式会社フレックスファームを創業し、ベンチャーの世界に飛び込む。ダイヤルQ2ブームに乗り、瞬く間に月商1億円を突破したが、バブルとアダルト系事業に支えられた一時的な成功にすぎなかった。絶え間なく押し寄せる難局、地をはうような起業のリアリティをくぐり抜けた先には、ドットコムバブルの大波があった。国内外の投資家からテクノロジーベンチャーとして注目を集めたフレックスファームは、未上場ながらも時価総額100億円のベンチャーに。だが、バブル崩壊を機に銀行の貸しはがしに遭い、またも奈落の底へ突き落とされる。40歳にして創業した会社を追われ、3億円の借金を背負う。銀行に訴えられ、自宅まで競売にかけられるが、諦めずに粘り強く闘い続けて、再び復活を遂げる。2005年7月、株式会社ループス・コミュニケーションズを創業し、ソーシャルメディアのビジネス活用に関するコンサルティング事業を幅広く展開。ソーシャルシフトの提唱者として「透明な時代におけるビジネス改革」を企業に提言している。著書は『BE ソーシャル 社員と顧客に愛される 5つのシフト』『ソーシャルシフト─ これからの企業にとって一番大切なこと』(ともに日本経済新聞出版社)、『新ソーシャルメディア完全読本』(アスキー新書)、『ソーシャルシフト新しい顧客戦略の教科書』(共著、KADOKAWA)など多数