「世界の工場」深センの中心部には、世界中の家電マニア、発明家、ブローカーを夢中にする巨大電気街「華強北」が存在する。1万店舗以上の電気店・パーツ問屋が集中し、「ここにない部品はこの世にない」「ここでの1週間はシリコンバレーでの1ヵ月」などと言われる華強北の凄みを紹介する。(チームラボMake部 高須正和)

世界最大の電気街「華強北」

秋葉原をモデルにした
超密集電気ビル「賽格広場」

 毎日新鮮な魚が並ぶ築地市場のように、深センの電気街「華強北」(Hua Qiang Bei:ファーチャンベイ)には毎日発明品が店に並ぶ。多くは逃したら二度と買えない、一回限りの新製品だ。

 パーツを売っている部品街として始まったこの街は、深センの工場や製造業者のほか、安い製品を仕入れに来る世界中のバイヤーから僕みたいなマニアを含め、28の巨大ビル(合計50万m2)に1日50万人の来訪者を集め、年間1000億元(1兆7000億円)を超える売り上げをたたきだす。


空にはドローン、地には露天商、これが深セン! Movie by Akira Matsuda

 上の動画は2016年8月に華強北で撮影したものだが、2017年1月には露天商もドローンも姿を消してここは公園的な広いスペースになっている。華強北は深圳の中でも特に変化が早く、数ヶ月もたつとゲームの「ローグ」や「風来のシレン」のように、風景や店に並ぶ製品がガラッと変わっていることが多い。

 1980年代ぐらいまで、香港は製造業で有名な場所だった。「MADE IN HONGKONG」というタグをつけた衣服やブリキのオモチャや安い家電製品を、「ブランドショップの試着室で着替えをしていると底が抜けて誘拐され、売り飛ばされる」みたいな都市伝説とともに覚えている中年世代も多いのではないか。

 連載第1回「人類史上最速で成長する都市『深セン』で何が起きているのか」で紹介したように、深センの急激な発展は中国の改革開放政策のあと、その香港の製品を実際に作る労働力を提供することにより始まった。

 1990年代に入り、製造力は充分についた深センがなんとかして企画や開発から行う地場産業を作ろうと考えたときに、「企業同士が情報交換できるように、いろいろな部品が一ヵ所に集まり、自然と情報が交換される市場を作ろう」と、深センの産業グループ・賽格電子集団(Shenzhen Electric Group:SEG)は東京の秋葉原を視察し、おそらく「旧ラジオ会館」「ラジオデパート」あたりをモデルにして、“1m売り場”と呼ばれる間口の小さい店がたくさん並ぶ構造の電気ビル「賽格広場(SEG Plaza)」を作った。