静岡県森町に建設された多目的の県営・太田川ダムは、堤高約70メートル、総貯水量1180万立方メートルで、事業費は約385億円。事業採択から20年かかって今年3月に本体工事が完了。10月16日から試験湛水も始まった。
ところが「念願」のダム完成なのに、地元からは不安の声が上がっている。なんと、ダム堤体に多数のひび割れがあることが最近になって判明したからだ。
ひび割れ問題は県議会で取り上げられ、その場で静岡県は初めて実態を公表した。ひび割れは130ヵ所で、最大で長さ24.5メートル、深さ70センチメートル。ただし県は「セメントが固まる際の収縮などによるごく一般的なもの」として補修し、安全性については問題なしとした。
これに対し、異議を唱えるのが、地元住民グループ「太田川ダム研究会」の岡本尚代表らだ。「一般的なひび割れはコンクリート打設の短期間後に生じ、水で冷やす対策が確立している。ところが、太田川ダムのひび割れは工事終了の数ヵ月後に生じており、一般的なものとは性状が異なる。堤体に内外から力が加わっていることなどが要因では」と指摘する。
というのも、堤体を支える岩盤がもともと脆弱であるからだ。ダム建設に不適な堆積岩で、工事中に左岸の岩盤が滑り落ちるアクシデントが4回発生していた。
そのたびに40メートルものアンカーボルトを打ち込み、岩盤を押さえる作業を重ねていた。堤体のひび割れも左岸に集中しており、岡本代表は「ダムに水を貯めたら、堤と岩盤のあいだに隙間ができたり亀裂が生じたりして、漏水が起こる恐れが強い。そればかりか、決壊する危険も」と、警鐘を鳴らす。
ダム建設は道路整備と並び、莫大な税金とコンクリートを消費する日本の公共事業の中心。しかし太田川ダムについては、治水、利水の両面で、その意義を疑問視する声が上がっている。そこに加えてのひび割れ不安。むやみやたらに建設すれば、思わぬ災厄を呼び込むことになりかねない。
(『週刊ダイヤモンド』委嘱記者 相川俊英)