ただ、さらに強いAIが登場したとき、マスターの判断が最善ではなかった可能性もある。だが、現時点では人間にそれが分からない。「囲碁というゲーム以外の世界で同じ状況に陥れば、AIの判断の是非をめぐる人間同士の戦いが起きるのでは」と大橋は危惧する。

 これほどまでにアルファ碁を強くしたのは、深層学習(ディープラーニング)と呼ばれる最新の手法だ。この技術を使って、自分自身と繰り返し戦い生み出された膨大な数の棋譜データを学んだことで、アルファ碁は「6ヵ月間で、人間でいえば600年分の経験を積んだ」(趙治勲名誉名人)。

 AIが生み出した膨大なデータが囲碁の歴史を塗り替えたのだ。

 データの活用はこれまで縁遠かったスポーツの世界でも加速的に広まっている。

日本スポーツアナリスト協会理事・日本スポーツ振興センターの千葉洋平氏 Photo by Takeshi Kojima

 フェンシングの男子フルーレ日本代表と共に、世界の大会を飛び回るのが、日本スポーツアナリスト協会理事で、日本スポーツ振興センターの千葉洋平だ。

 大会中の千葉は、とにかく試合を撮りまくる。約20分間の試合が終われば、その場でプレー以外の無駄な場面を削ぎ落として編集する作業をひたすら繰り返す。すぐに選手が映像をチェックできるようにするためだ。撮影は、年間で約2000試合分にも上るという。

 大会が終了してからが、アナリストとしての千葉の真骨頂。プレー集を見ながら、攻撃をどのタイミングで仕掛けたのか。敵の体のどこを攻撃したのか。その攻撃は成功したのか、防がれたのか、それとも反撃を食らったのか。さまざまな情報を、プレー集の映像に付け加えていく。

 千葉の情報が加わることで、攻撃の成功率などの客観的な指標が算出可能になるほか、特定のシーンだけをまとめた映像を簡単にチェックできるようになる。プレー集という映像データが、フェンシングのデータベースという価値に生まれ変わるのである。

 AIを使えば自動化できそうな作業にも見えるが、AIは“正解”のデータがなければ、そもそも学習することができない。「世界で一番試合を見ている」と胸を張る千葉のように、フェンシングに精通した人材が必要不可欠だ。

 こうした分析手法やデータベースは、2009年にフェンシングを担当するようになった千葉が、コーチや選手の要望を聞きながら自ら構築していったものだ。