台湾で生まれ30代で渡米。西海岸で小さな成功をつかんだ後に、縁あって日本に降り立ち、セキュリティソフトウェア大手のトレンドマイクロを作り上げたスティーブ・チャン会長は、国境を越えたリーダーシップのあり方を肌感覚で知る稀有な経営者だ。そのチャン会長が、この10年あまりでリーダーシップに対する考え方を根本的に改めたという。いったいどう変わったのか。
(聞き手/ダイヤモンド・オンライン編集長 麻生祐司)

――震災、原発事故、不祥事とリーダーシップが問われる事態が日本で相次いでいる。危機に際してのリーダーシップで大事なことは何か。

20年以上の企業経営と半年間の瞑想修行の末に<br />行き着いた境地を語ろう<br />――社員の障害物を取り除くリーダーシップ私論<br />トレンドマイクロ スティーブ・チャン会長スティーブ・チャン(張明正)
裸一貫でセキュリティソフトウェア会社のトレンドマイクロを立ち上げ、グローバル企業に育て上げた企業家。現在、同社の代表取締役会長。台湾出身。 1988年に渡米し、米ロサンゼルスで起業。その後、1989年に来日し、トレンドマイクロの前身となる企業を設立。91年に「ウイルスバスター」の販売を開始。96年に現在の社名に変更した。2005年にエバ・チェンにCEOの座を譲り、最近は主に後進の指導に当たっている。
Photo by Toshiaki Usami

 まず、私自身の経験から話そう。6年前の2005年4月、当社のウイルス対策ソフトで使用しているウイルスパターンファイルに不具合があり、基本ソフト(OS)との組合せによってはコンピュータの動作が極端に遅くなる障害が発生し、日本を中心に混乱を巻き起こした。当然、このニュースは連日メディアで大きく取り上げられ、われわれは創業以来の信頼性の危機に直面した。

 じつは当時、私はすでにCEOの座から退いて3か月が経過していたが、新CEOのエバ・チャンら経営陣から連絡を受けて、事態の解決に彼らとともに最前線で当たった。

 われわれは、まず迅速に謝罪した。問題が発生すると、人は往々にしてそれが自分の責任であると認めたがらないものだ。不思議なもので、トップであっても、社内の他の人間の過ちだと思い、謝罪が遅れてしまう。しかし、問題が発生したというファクト(事実)はそこにあるのだから、トップはとにかく頭を下げることだ。

 そのあとは、どんなに厳しい現実であっても、その現実を直視する勇気を持つことだ。そのうえで、現実を社内外に伝えるという一点において、ひたすらトランスパレント(transparent、透明・率直)であることだ。

 2005年の危機に話を戻せば、原因はフィリピンのエンジニアが開発したパターンファイルの不具合にあった。しかも、本来ならばパターンファイルの公開前に行うべき確認作業が行われていなかった。われわれは、そのことを包み隠さず伝え、事の経緯を説明し透明性の確保に努めた。二度と同じ過ちを起こさないための抜本的な解決策も合わせて提示したことはいうまでもない。

 こういうと当たり前のことを話しているように聞こえるだろうが、言うは易く行うは難しい。経営者も人なので、ともすれば、怒りや恐れなどの感情に捉われ、外部の反応にいちいち場当たり的に反応することだけに終始してしまいがちだ。そのようなマインドセットに陥れば、十分な謝罪も、現実を直視する勇気も、透明性も確保されない場合が多い。