(5)「流動性トラップ」の領域を過ぎると物価上昇が始まる

 すでに述べたように、流動性トラップがない場合にAD曲線が右下がりになるのは、物価が下落すると実質貨幣残高が増加して産出量が増加するからだ。しかし、流動性トラップの領域では、すでに述べたように、この効果は働かない。図表-fで言えば、産出量がYs以下の場合には、物価が下落してもLM曲線に影響を与えないので、産出量が増えることはない。つまり、AD曲線はYsの水準で垂直になっている。AD曲線が右下がりになるのは、産出量がYsを超えた場合である。

補論:総需要・総供給モデルによる復興過程の分析

 産出量がYvに達するまでは、投資の増加によって、AD曲線は右に(上に)シフトする(ADからAD'へ)。したがって、均衡点がE0からE1に動く。つまり、物価上昇を伴いながら産出量が拡大する。しかし、供給限界Yvに達すると、産出量は増加せず、物価だけが上昇してゆくことになる。

(6)現実にはどうなるだろうか

 以上で述べたのは、概念的なモデルだ。現実の動きがどうなるかは、現実が上で述べたどの領域に対応しているかに依存する。

 復興投資が増えても、最初のうちは産出量が図表-eのYs以下の水準に留まる可能性がある。そうだとすれば、(4)で述べたように、金利上昇も円高も発生せずに経済が拡大するだろう。

 しかし、復興投資の規模は大きいので、いずれ産出量はYsのレベルに達するだろう。そうなると、復興投資の増大は、金利上昇を招くことになる。つまり、クラウディングアウトが発生するわけだ。これは、図表-fで総需要曲線がADからAD'にシフトすることで表される。この過程で、産出量は増加するが、物価も上昇する。

 そして、産出量がYvに達すると、総需要曲線がAD'からAD"にシフトしても産出量は増加せず、価格だけが上昇することになる。

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補論:総需要・総供給モデルによる復興過程の分析

大震災によって、日本経済を束縛する条件は「需要不足」から「供給制 約」へと180度変わった。この石油ショック以来の変化にどう対処すべきか。復興財源は増税でまかなうのが最も公平、円高を阻止すれば復興投資の妨げにな る、電力抑制は統制でなく価格メカニズムの活用で…など、新しい日本をつくる処方箋を明快に示す。

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