ある人には有効だったダイエットが
なぜ別の人には効果を示さないのか

 なぜ、ある人には有効だったダイエットが別の人には効果を示さないのか。そのヒントは、わたしたちが持つマイクロバイオームの違いにある。マイクロバイオームとは、個々人に固有の微生物コミュニティのことであり、その大半は大腸に存在する腸内細菌である。そして、腸内細菌の種類の違いは、たとえその差が小さなものであっても、健康状態に大きな違いをもたらす可能性があるという。

 “腸にすむ細菌のDNAを調べれば、人間の二万個の遺伝子すべてを調べるよりも、その人の肥満度をはるかによく予測できる。”

 ダイエットをめぐる言説が混迷を極めているもう一つの理由は、この分野の謎に科学の光が十分に当てられていないところにある。「栄養学の分野では、外部資金を獲得しているような大規模な共同研究や共同プロジェクトがほとんど見られ」ず、「研究水準はほかの研究分野に比べるとかなり遅れている」というのである。重要な要素であるはずの遺伝子の影響が、栄養学では考慮されていないことも多い。著者は世界最大規模の双子研究である「UKツイン・レジストリ」を指揮する疫学と遺伝学の専門家なので、従来の研究に欠けていた要素を補いながら、ダイエットにまつわる未知と既知により明快な境界線を引いていく。その過程では、未知の現象にはどのように向き合うべきか、どのようなデータを信頼すべきか、データを基にどのようにロジックを組み上げていくかという科学的思考を存分に追体験できる。

 近年もっとも槍玉に挙げられた栄養成分は脂肪だろう。1955年に米国大統領アイゼンハワーが心臓発作後に実施した低コレステロール食が反・脂肪キャンペーン流行のきっかけの一つだという。しかしながら、脂肪の全てが悪者というわけではなかった。70年代、80年代の「専門家のアドバイス」に従ったアメリカ人、イギリス人は肉やフレッシュチーズの代わりにマーガリンやプロセスチーズの乗ったピザに飛びついた。この選択が誤りであったことは、今ではかなりの確度で確かめられている。本書では、「総脂質」、「飽和脂肪酸」、「不飽和脂肪酸」、「トランス脂肪酸」と4章に亘ってじっくりと脂肪について議論されている。健康診断のコレステロール値が気になるようであれば、ここから読み始めるのも良いだろう。

 本書を読み進めていくと、人類はまだまだ人体について知らないことだらけであることが痛感される。繰り返しになるが、明確に良い、悪いと言い切れる食品は多くはない(マルチビタミンサプリメントのように、高い信頼性の大規模調査で、有効性が一切ないことが確かめられているものもある)。この不明瞭さを切り開くかのように、今後も新たなダイエットが次々と生み出され続けていくことだろう。この本は、そんな情報の渦に巻き込まれないための指針を与えてくれる。

(HONZ  村上浩)