東日本大震災に伴い発生した大津波により、多くの犠牲者を出し、町自体が壊滅状態に陥った三陸地方。しかしその一方で、岩手県釜石市、普代村など過去の対策によって犠牲を最小限に食い止められた地域があるのも事実だ。今回の震災を機に、多くの自治体が地震・津波の災害対策見直しに乗り出しているといわれるが、発生が懸念される首都直下型地震や東海・南海・東南海地震などに備え、本当に町を守ることのできる防災計画とはどのようなものなのか。阪神淡路大震災後の兵庫県や神戸市の防災都市計画にも携わってきた関西学院大学総合政策学部・室崎益輝教授に話を聞いた。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン 林恭子)

過去の震災で高台に移転した人も被害に
命運を分けた「津波の危険性」への意識

むろさき・よしてる/関西学院大学総合政策学部教授。1944年兵庫県に生まれ。67年京都大学工学部建築学科卒業。71年同大学大学院工学研究科博士課程中退。京都大学助手、神戸大学工学部助教授、同大学工学部教授を経て、97年より同大学都市安全研究センター教授。同大学を退職後、2004年4月より独立行政法人消防研究所理事長、06年4月より消防庁消防研究センター所長。08年4月より関西学院大学・教授。日本建築学会賞、日本火災学会賞、兵庫県防災功労賞などを受賞。著書に『地域計画と防火』『ビル火災』『危険都市の証言』『建築防災・安全』など多数。

――今回の震災に伴う大津波により多数の犠牲者を出し、原形を留めないほどの壊滅状態に陥った自治体 がある一方で、犠牲者を最小限に食い止められた自治体もある。命運を分けた理由として、どのようなことが挙げられるか。

 1つは、津波の破壊力やエネルギーを和らげるハード面での仕組みがあったことが挙げられる。そのよい例が景勝地でも有名な松島で、島々が縦に連なっていることにより津波の力が和らぎ、被害はかなり軽減した。また、岩手県釜石市も湾口防波堤を築いていたことにより津波のエネルギーが弱まり、町並みをかろうじて残すことができた。

 2つ目に挙げられるのが、津波の危険性についての情報伝達だ。防災教育が施されていた釜石市が良い例で、津波の危険性について十分な認識とその対応を忘れていなかった地域では被害が少ない。その反面、津波の危険性に気づいていなかった人、知らなかった人の多くが犠牲になっている。今回の場合、過去の津波被害によって高台に移転した人々の多くも津波に襲われ、逃げ遅れたために犠牲になった。誠に残念ながら、そうした危険性についての知識や意識のある・なしで命運が分かれた点が大きいといえるだろう。

津波対策だけに引きずられてはダメ!
「災害の別の顔」の予見が“想定外”を防ぐ

――建物の倒壊や火災で多くの犠牲者を出した阪神淡路大震災が発生する以前、「神戸に地震はこない」とよく言われていたという話も聞く。震災発生時の神戸にはどのような防災計画が用意されていたか。