3.11以降、私たちはかつてない電力不足と向き合っている。まるで水や空気と同じように、好きなだけ、好きなときに、決められた価格で電力が手に入るという前提が崩れつつあるのだ。太陽光や風力発電など自然エネルギーを含めた、未来のエネルギーのあり方を「スマートグリッド(次世代送電網)」をキーワードに考えていきたい。
(「週刊ダイヤモンド」編集部・片田江康男、小島健志、後藤直義)
これまでなにげなく支払ってきた家庭の電気料金。それが携帯電話の料金メニューのように、さまざまなサービス会社が競って割引プランをPRするような時代が、やって来るかもしれない。
ソフトバンクの株主総会が開かれた6月24日、電気事業を新たに定款に加える議案が承認されると、孫正義社長は「原発の代わりになるエネルギーを一日も早く用意しないといけない」と笑顔を見せた。3月11日の東日本大震災以降、「自然エネルギーの推進」と「脱原発」を掲げてきた孫社長が、晴れて電気事業に乗り出す瞬間だった。しかしそこには社会貢献のみならず、通信事業との相乗効果など、ビジネス拡大を見込んだ思惑が見え隠れしている。
「彼が狙っているのは、電気料金の“ホワイトプラン”だ」
ある経産官僚は、孫社長が画策する電気事業の狙いをそう解き明かす。ホワイトプランとは、「友人同士の通話無料」をうたうソフトバンクの携帯電話の主力料金プラン。同社と契約するユーザー同士は通話料がタダで、通信回線が混み合う夜間(午後9時~午前1時)のみ有料となる。利用時間帯ごとにダイナミックに料金を変えて、魅力的なサービスとして売り込んだ成功体験を、電気事業の料金メニューに持ち込むというのだ。
この青写真の実現に不可欠なのが、“スマートメーター”と呼ばれる新しいタイプの電気メーターである。これまで電力会社の検針員による「人の目」で確認していた家庭の電気使用情報を、データ通信によって自動的に収集・発信する。各世帯に取り付ければ、いつ、誰が、どのくらいの電気を消費しているかを電力会社はリアルタイムで把握できる。海外ではその情報を家庭やサービス会社など第三者も利用することで、「ピーク時の電気代を通常時の数倍に上げる」「逼迫時の節電に協力する条件で電気代を安くする」など、料金メニューを省エネルギーや電力の平準化に役立てている。
関係者によると、孫社長はこのスマートメーターを「秋葉原の電気街で、誰もが買えるようにするべきだ」と非公開の場で繰り返し主張している。日本では電力会社が約8000万個の電気メーターを法律に基づき管理しているが、ほぼ旧式の機械式メーターで、電力の使用情報は電力会社のみ把握できる閉ざされた世界にある。鍵は電気の使用情報の「開放」で、スマートメーターはその突破口となりうるというわけだ。
ここで思い起こされるのが、ソフトバンクが今から10年前に巻き起こしたADSL(非対称デジタル加入者線)のサービスである。
2001年に同社は国内最大のポータルサイト「Yahoo! JAPAN」を運営するヤフーと手を組んで、固定ブロードバンドサービスの「Yahoo! BB」を立ち上げた。その際に武器にしたのが、当時の相場の半額という料金設定と、白いジャンパーと赤いパラソルの販促部隊が街頭で配った無料のモデム端末だった。
その結果、NTTは当時考えていた光ファイバーサービスの見直しを迫られ、結果的に通信料金は値下がりし、ブロードバンドの市場を拡大させた。
電気事業では家庭への電気小売りは自由化されておらず、法規制やスマートメーターの安全性も含めて課題点は多い。しかし孫社長の電気料金の“ホワイトプラン”が実現すれば、かつての通信事業のように、競争原理が働かない業界に風穴を開けるかもしれない。