人工的な複雑系では、暴走的な連鎖反応が起きることが多い。その結果、予測は難しく(時には不可能に)なり、思ってもみなかった規模の出来事が起こる。そのため、現代社会では、技術的知識はどんどん増えているのに、逆説的にも物事は今までよりずっと予測不能になっている。人工物が増え、昔のやり方や自然界のモデルが軽視され、あらゆる設計が複雑化して頑健さが失われている現代、ブラック・スワンの役割は高まりつつある。しかも、私たちは本書で「最新性愛症(ネオマニア)」と呼んでいる新しい病に冒されている。そのおかげで、私たちはブラック・スワンに対して脆弱な「進歩」という名のシステムを築いている。
ブラック・スワン問題には、困った一面がある。稀少な事象の確率はずばり計算不能であるということだ。これは実はとても大事な点なのだが、たいがい見落とされている。100年に1回の洪水は、5年に1回の洪水よりもはるかに予測しづらい。微小な確率となると、モデル誤差は一気に膨らむ。事象がまれであればあるほど、とらえづらくなり、発生頻度は計算しにくくなる。ところが、予測やモデリングを専門とし、学会でカラフルな背景色や数式を使ったパワーポイント・プレゼンテーションを行う“科学者”たちは、事象がまれであればあるほど、自信たっぷりになる。
幸いにも、反脆さを備えた母なる自然は、稀少な事象にかけては一流のエキスパートであり、ブラック・スワンの最高の管理者でもある。アイビー・リーグの大学で教育を受け、人事委員会から指名された取締役が指揮を執ったりしなくても、母なる自然は、その数十億年の歴史をここまで見事に生き抜いてきたのだ。反脆さはブラック・スワンの特効薬というだけではない。反脆さをきちんと理解すれば、私たちはブラック・スワンが歴史、技術、知識といったすべてのものにとって不可欠な役割を果たしていることを、知的に臆することなく受け入れられるようになるのだ。
(続く)