それぞれのチームは病院ごとに組織することになっており、医師1名以上、看護師2名以上、あとはその他のさまざまなサポート業務を行う調整員を1名以上、この「1、2、1」以上のチームによって構成される。

 今年の3月末までに登録されたチームは1571、隊員は1万1418人に増えた。

 2011年の東日本大震災では、それまでに想定していた、「災害で負傷した患者をいかに迅速かつ安全に、病院へ搬送するか」という使命に加え、「地域の医療機能の著しい低下に伴う、入院患者を含めた病院全体の避難」という新たな課題が立ちはだかった。

「1医療機関あたり、200~300人もの患者さんを動かさなくてはなりません。しかも、搬送中も医療処置の継続が必要な重症患者さんが多く、気が抜けない。

 岩手、宮城では、自衛隊や消防、警察と連携しながら、なんとか対応できましたが、福島では、原発20キロ圏内への立ち入りが禁止され、ある病院では入院患者の1割を超える人が搬送中、あるいは搬送先で亡くなる悲劇も起きました」(近藤氏)

 DMAT本部はこの事態に衝撃を受けたが、すぐさま次なる手を打つ。

「すべての決断に言えることですが、全貌が見えた後なら、誰にでもできます。しかし現実は霧に覆われており、情報はいつも断片的にしか入ってきません。そのなかで適切な決断をしなくてはいけないのがDMATの活動なのです」(近藤氏)

 そうして、20~30km圏内で活動する警察、自衛隊と連携して患者の搬送を行うことにより、以降、搬送中に亡くなる患者を1人も出すことなく、全員避難させることができた。

 ただ最終的には、「搬送」という課題のほか、「被災地の病院の情報を把握しきれなかったため、総合的に適切な支援ができなかった」という反省点が残った。

 現地入りしたDMATは最初に、本部機能の構築を行う。各々に運営されている医療機関を統括し、現状の医療資源(医療従事者や設備など)で最大限の力を発揮できるような体制を、迅速に作り上げなければならないからだ。

 続いて病院の建物の安全性、医師や看護師等々医療資源の状況を把握し、そこからようやく、現場での医療活動や病院の支援活動をスタートさせる。