特に学校では、1つ2つの得意科目や「一芸」を評価されていれば、それほど大きなストレスを感じずに学校生活を送ることができるだろう。職場でも、「発達障害? ああ、言われてみれば確かに。でも、彼女の専門分野の知識と技術とセンスの代わりになれる人は、そう簡単に見つからないし、悪気があって空気を読まないわけではないのはわかるから」と評価されて幸せな職業生活を送れる人々はいる。

 アスカさんも、高校生活が始まったときから問題なく給付型奨学金を使えていたら、そういう風に高校生活を送り、次のステップに進めていたのではないだろうか。そう問いかける私に、母・ミサトさんは「……それは、思わなくもないです」と重い口調で語る。

苦痛とダメージへの思慮が
見られない福島市の対応

 現在、元高校教員を中心とする理解者たち、アスカさんの身の上に起こった残酷な出来事が二度と誰にも起こってほしくないと望む弁護士たちの支援によって、損害賠償を求める訴訟が継続中だ。訴訟は給付型奨学金を収入認定された翌年、福島市の収入認定処分の取消しと損害賠償を求めて開始された。

 原告は、高校2年だったアスカさんとミサトさんだ。「損害賠償」と言えばすぐ「カネ目当て」という批判が現れるのは日本の常だが、失われた機会や心理的苦痛を司法の場で問題にする手段は、損害賠償請求訴訟しかないのである。

 なお訴訟に先立ち、2人は福島県に対して審査請求・再審査請求を行った。アスカさんが高校1年だった時期である。この時期、福島市は収入認定した給付型奨学金を少しだけ返還したりしていたのだが、すべて使えるようになったのは厚労大臣裁決が行われた2015年8月以後のことで、アスカさんはすでに高校2年になっていた。

 しかも、奨学金はいったん福島市が全額を預かり、アスカさんが「申請して使わせていただく」という形だ。ときには、何に何円が必要になるかわからない将来の支出について、明細を要求されたりもしたという。現在も続いている訴訟において、福島市は「給付型奨学金は使えるようにしたんだから、もう自分たちに責任はない」という主張を一貫させており、それまでのアスカさんの1年半の高校生活に与えた苦痛とダメージへの思慮は全く見られないという。

 成り行きと現状について、ミサトさん、支援の中心になっている元高校教員、弁護士、そして私が会話し、憤慨していたとき、黙って耳を傾けていたアスカさんが、伏せていた顔を上げて語り始めた。