オーナーシップを発揮して「主導権」を握る
だから、私は若い頃から、オーナーシップを手放さないように心がけてきました。
トルコでひとり事務所を切り盛りしていたころのことは、今でもよく覚えています。ある日、タイヤ生産を手掛けている地元の大財閥から事務所に連絡があり、業務提携を持ち掛けられたときのことです。
もちろん、これは、当時、課長級だった私が意思決定できるような案件ではありませんでしたから、すぐに本社に報告することも考えました。しかし、トルコは、中近東諸国と欧州諸国を結ぶ位置にあるユニークな国。そして、その国に住んで国、国民、社会を肌で理解しているのは私だけ。ここはオーナーシップを発揮して、主導権を握らなければ判断を間違えると思いました。
そこで、私は先方窓口の役員に会いに行きました。
そして、数百項目に上る質問状を手渡して、「これに明確な回答をもらいたい。それを見たうえで、本社に提案するかどうかを決める」と伝えたのです。数百項目の質問を見て、相手は驚いていましたが、二つ返事で承諾してくれました。
その後、先方には内緒で、財閥が運営している工場の視察を行いました。部外者ですから中には入れませんが、工場の大きさからおおよその生産能力は推測できますし、工場の外観、周囲の様子などから工場管理能力の一端もわかります。工場に出入りするトラックの台数を数えることで、稼働状況も当たりを付けることができます。自分の意見をしっかりもつためには、現場を見るプロセスは不可欠ですから、あらゆる観点から工場をじっくりと観察したのです。
こうして、「なかなかしっかりした工場だな」という感触をもったうえで、質問状に対する回答を詳細に検討。自分の頭と身体で、健全な経営がされていることを確認し、「前向きに検討すべき」という方向で本社に説明しました。このプロセスを経なければ「子どもの使い」になってしまう。それではつまらないと思ったわけです。
もちろん、本社からは反対意見も寄せられました。
その代表的なものが、当時、年率数十%の深刻なインフレに陥っていたトルコに投資することへの慎重論でした。しかし、これにも、私は明確な反論を伝えました。
たしかに、インフレ状況にありましたから資産価値は日々目減りしていきます。しかし、タイヤの需要は確実に増えている。しかも、トルコ市場だけでも大きな市場だが、中近東市場と欧州市場への供給基地として機能しうる立地特性はきわめて重要。トルコに供給基地をもつことによって、現地生産品でシェアを獲得していくためにも、前向きに検討すべきだと主張したのです。
結局、私のトルコ駐在中には事業提携を結ぶまでには至りませんでしたが、その後、提携が成立。今では第2工場も建設され、中近東での市場開拓の礎であり、欧州への供給基地のひとつともなる事業へと成長していきました。それは、後任担当者の功績ですが、私も、事業提携への道筋をつけたという意味で、一定の貢献ができたのではないかと自負しています。
そして、こう思うのです。本社では反対意見も多かった案件だっただけに、私がオーナーシップをもたずにいたら、実現できなかったかもしれない、と。あのとき、本社から遠く離れているからこそ、「自分の意見」を固めておかなければ振り回されるようになることを恐れ、いつも以上に強固にオーナーシップをもって対応しようとしたのが、よい結果に結びついたと考えています。