自分の中にはずっと
ファシスモが蠢いていた

――最近上梓された著書『ファシスタたらんとした者』によると、ファシスタ(ファシスト)については必ずしも政治的な意味合いではなく、西部さんの経験や理念を束ねていくという意味合いで用いられていますね。西部さんにとって「ファシスタ」とはどんな概念ですか。

 そもそも「ファッショ」という言葉には、束ねる、団結するという意味がある。この世に生まれ、他者と気心を通じたいと考える僕は、自然とファシスタになろうとしていたわけです。その願いが実現されたことは一度もなかったけれど、自分の中には絶えずファシスモめいたものが蠢いていることを自覚していた。単に「保守派に属する者」という位置づけではなく、もっと広い意味でのファッショが、これまでの自分の活動の根底にあった、ということです。

 誤解されたくなかったし、関心もなかったから、あの本の中では政治的なことにはほとんど触れていません。ただ僕は、1920~1930年代にあれだけ資本主義が暴走してアングロサクソンたちがやりたい放題をやった挙げ句、どうなったのかということについて振り返ってみたかった。

 暴走の最たる例は、第一次世界大戦の戦勝国が、ドイツに対して当時の同国のGNP(国民総生産)の20倍に及ぶ賠償金を要求したこと。その結果としてドイツがハイパーインフレに陥れば、アドルフ・ヒトラーのような人間が出てくるのは当たり前です。

 米国にしても、フランクリン・ルーズベルト大統領のニューディール政策が「公共投資でしか消費は生み出せない」と唱えているように、社会主義への傾倒ぶりが顕著だった。当時の知的水準では、自由主義、資本主義が限界に到達すれば、社会主義に進んでいくのはごく自然のことだったわけです。

 その一方で、イタリアにおいては「束ねる(団結する)」を語源とするファシズムが活発化しました。ヒトラーが先導したナチズムは合理的に国家を設計するという社会主義的な色彩が濃かったのに対し、ファッショはもっとロマンチックに「ローマの栄光を取り戻そう」という思想に基づいたものです。

 もちろん、実際のファシスタにはゴロツキと呼ばれる手合いも少なからず加わっていたし、よく考えもせずに酷いことをしでかしたのも事実。しかしながら、当時の資本主義の滅茶苦茶ぶりからすれば起こるべくして起こったことで、デモクラシーの中から生まれたものでもあります。

西部 邁(にしべ・すすむ)/評論家、雑誌『表現者』顧問。1939年生まれ。北海道出身。東大経済学部卒。専攻は社会経済学。元経済学者、元東京大学教養学部教授、雑誌『北の発言』元編集長。保守派の論客として知られる。『経済倫理学序説』で吉野作造賞、『生まじめな戯れ』でサントリー学芸賞。著書に『六〇年安保―センチメンタル・ジャーニー―』『妻と僕―寓話と化す我らの死―』『ファシスタたらんとした者』など