「終末期医療は、人間の最期を惨めなものにする」

 日本人の死に場所は圧倒的に病院である。2005年には82%の人が病院で死んでいた。最新データの2016年には75.8%とやや比率は下がったもののまだ4人のうち3人は病院で亡くなっている。欧米豪の諸国では病院死がほぼ50%前後と低く、日本が突出して高い。

 病院で亡くなるのはどういうことか。病因は治療をする施設である。病名を授かって投薬や手術などさまざまな手立てで治療が行われる。

 平均寿命をはるかに超えていても治療第一である。その終末期の様子をつい先日105歳で亡くなった日野原重明・聖路加国際病院の名誉院長が著書で語っている。

「重篤な患者には気管に管を入れる、点滴注射を行う。尿道に管を入れる、苦しいと言えば麻酔薬を打つ、そして患者が昏々と眠ってしまうが、栄養剤はタップリ注射する、ということの連続行為を行い、考える人間でない人間を作ってきたのです。私たちの医療は人間を人間でない者にして、人生最悪の不幸のうちに終末にいたらしめていたといえましょう」

 1991年の著作、『医療をめざす、若き友へ──医と医療のいしずえ』(同文書院)の中で記している。医者の卵たちへのメッセージとして記した。描かれたのは30年ほど前の医療現場である。今も変わっていない。さらに、

「たいていの人の人生は、その最後の3ヵ月、1ヵ月、1週間は、その人の最悪の状態で最も不幸な中で残り少ない日を送っているのです」

「私たちのやっていた終末医療は、人間の最期をなんと惨めなものにしていたのだろう」と、悔悟しながら続く。

 日野原さんは、その後、欧米のホスピスを視察し考え方を変えた。安らかな死に方を採り入れるようになる。

 日本の終末期医療の現場に疑問を抱いたのは日野原さんだけではない。穏やかな自然死で亡くなることができると分かれば、延命治療に勤しむ病院のあり方に異論を唱えるのは当然だろう。

 東京都世田谷区立芦花ホームという特別養護老人ホームの常勤医、石飛幸三医師もその一人である。

「医療は人間をモノ扱いし、命が長いほど意味があるとした」「人間も自然の一部、自然の摂理に従えばいい」「老衰と延命治療の衝突が起きている」──。

 その著書『平穏死のすすめ』(講談社)で説いている。かつて大病院で手術に明け暮れていたことの反省を踏まえ「延命至上主義は自然死を知らない医療者の押し付け」と断じる。