そうした歴史の経験も踏まえると、わずか10年の間に、人との会話中にもスマホやSNSを優先するのが新たな常識になってしまったかは、判別できないはずです。

 かつ、米国での心理学者などによる様々な実験により、たとえばスマホやパソコンで当たり前になっているマルチタスクよりも“モノタスク”、すなわち1つの物事に集中する方が生産性が高いことや、仕事をする上でのコミュニケーションをメールや電話よりも直接の対話によって行うほうが生産性が高いことが証明されています。“目は口ほどに物を言う”というのは本当だったのです。

 こうした実験結果からも、スマホやSNSに注意が向いたままでの会話や仕事、スマホの画面に目を落としながらの会話といったものが、いかに非効率であるかがわかります。

 つまり、説教中や会話中にスマホをいじってSNSを使うことは、礼儀を失しているのみならず、生産性を下げる観点からも社会にとって有害なのです。特にSNSは自発的というよりもSNS企業によって人為的につくり出されたものであることを考えると、社会としての対抗策を考える必要があるのではないでしょうか。

 そのためにまず必要なのは、やはり教育のはずです。スマホやSNSの存在は否定しようがないので、グーテンベルクの時代のようにSNS中毒への有効な対抗手段が生み出されるまでは、教育でそれを防ぐしかありません。

礼儀に厳しい角界こそが率先して
スマホ・SNSへの接し方を教育すべき

 そう考えると、今回の日馬富士暴行事件については、相撲協会や貴ノ岩が所属する部屋の親方(貴乃花)の責任も大きいのではないでしょうか。力士の多くは中学卒業後などの本当に若いうちから部屋に入門するので、多くの力士は十分な教育を受けているとはいえないと思います。特に、この10年で普及したスマホやSNSへの対処の仕方については、社会一般でも何の教育もされていないくらいなので、なおさらです。

 しかし、礼儀やしきたりに厳しい角界だからこそ、本来は世の中に率先してスマホやSNSへの接し方を教育すべきだったのではないでしょうか。

 そして、横綱による暴行事件、その責任を取った横綱引退というスマホ中毒の実害がショッキングな形で公になった以上、私たち一般人もそうした教育の必要性を意識する段階になったのではないかと思います。

(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授 岸 博幸)