小ざさ流「マネジメント」の真髄は
「○」が合う人
今回、業務の拡大のために、人を雇い入れなければならなくなり、その際にどういう人材を入れるべきかを稲垣氏に聞いた。
「世の中では多様性が必要と言われますが、やはり、様々な人を組織に入れるべきでしょうか。
たとえば、自分とは性格が合わない人も入れなければならないのでしょうか?」
それに対して、85歳を超える稲垣氏は温和な表情を崩さずに、悩むことなく、まるで簡単な問題に答えるかのようにこう言った。
「気が合う人を入れればいいんですよ」
意外な答えだった。
「気が合う人、ですか?」
「ええ」
と稲垣氏は頷く。
「気が合う人じゃないと、何かあったときに一緒に乗り切れませんから」
たしかに、そうだと思う。
一方で懸念があった。
「でも、そうしたら、意見が一緒の人しか会社にいないことになりませんか?」
それは危険なことではないかと思ったのだ。
「意見が違ってもいいんです。
それは会社のことを思ってなら。
ただ、気が合う人じゃないと、いざというときにその人は逃げちゃいますから」
なるほど、そういうことか、と僕は溜飲が下がる思いをした。
たしかに、稲垣氏の言うとおりだ。
意見や趣味や趣向が違っても、根本的に気が合う人間がいる。
逆に、意見が一緒でも、気が合わない人もいる。
たしかに、難局の場合、それはほとんど戦場にいるのと同じような状況になる。
重要なのは、意見が一緒かどうかではなく、ビジネスという戦場において、その人が背中を預けられる仲間かどうかということだ。
おそらく、稲垣氏は、幾度となく、失敗してきたのだろう。
そのうえで至った、小ざさ流「マネジメント」の真髄だろうと僕は思った。