賢いトレードオフをつくる
入り組んだ環境では、トレードオフを比較的見つけやすい。各要素の最適な組み合わせを探して、そこに投資すればよい。言わば工学的な問題に近い。しかし複雑な環境では、適切なトレードオフを見つけるのは難しい。その際、次の2つの戦略が役に立つ。
リアル・オプションの手法を用いる
これは、後に追加投資する権利──けっして義務ではない──を与えたうえで、比較的小規模な投資を行うというものである。目標は、その投資がマイナスとなる場合にはそれを抑制し、逆にプラスとなる場合にはその価値を最大化することである。たとえば、小規模投資のポートフォリオを段階的につくっていけば、最大の不確定性が減少する時まで、投資を低水準に抑えられる。
リアル・オプション戦略は、リスクの解消ではなくコストの抑制によって失敗を管理するアプローチである。たとえば、デューク大学フュークア・スクール・オブ・ビジネス教授のシム・シトキンらが「知的失敗」(intelligent failure)と呼ぶアプローチは、ミスを回避するのではなく、小さなコストで早期にミスをあえて犯し、そこから学習し、その後の再起力を高めるという考え方である。
思考の多様性を確保する
入り組んだ組織ではなく、複雑な組織を経営していることに気づいたら、人材マネジメントにおいて、どのようなトレードオフが可能だろうか。
入り組んだシステムは、言わば機械みたいなものであり、したがって摩擦を最小化することが要求される。しかし、複雑系は有機体である。そのため、必ず生じる変化や偏りに対応できる多種多様な人材を社内に確保しておく必要がある。
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自分は話したりしない社内の人といつも会話を交わしているのはだれか、常識とは少々異なる考え方の持ち主はだれか、他のマネジャーが見落としそうな潜在的リスクやトレンドにうまく対応できるのはだれか──。複雑系のなかで適材を見つけることは、このようなタイプの人間を探すことにほかならない(図表「直感に反する採用戦略」を参照)。
我々は、入り組んだシステム──それが大規模なものであっても──を管理する能力については長足の進歩を遂げた。これは、個々の要素に分解し、それぞれを調べ、正しく適応することで可能になった。しかし複雑系に関しては、それほど進歩していない。
複雑系は既存のモデルを受けつけず、伝統的な経営手法に異を唱える。複雑系がどのように振る舞うのか、これを予測するには、リーダーはさらに優れたツールを利用しなければならない。つまり、さまざまな要素間でたえず生じる相互作用や、めったに起こらないが極端な事象の影響度を理解できるツールである。
リスクを緩和する施策を講じ、初期の失敗を最小限に抑えるトレードオフを考えて、これを用意し、変化に創造的に対応できる多種多様な人材を集めることで、複雑な組織のなかで確信を持って意思決定し、成功確率を高めることができる。