物語やホワット・イフ分析を利用する

 リスクを軽減するもう1つの方法は、ありそうもないが一大事になりかねない出来事をけっして非現実的ではないと、人々に思わせることである。寸前で失敗を免れたというエピソードを共有し、トラブルを想定し、生じた時の対応を予行演習しておけば、将来の有事に備えやすい。

 「ホワット・イフ分析」のように反事実的な条件を問うことは、従来の技法ではなかなか浮かんでこないシナリオを思いつく格好の手段なのだが、思いのほか活用されていない。実際ビジネスの世界では、こうしたソフトなアプローチは、難解な計算のように厳格な作業ほど重用されない。

 我々は本能的に、物語や反事実的な条件を文学やファンタジーと結びつけ、データや情報、科学、論理的根拠、真実を期待する。しかし従来の方法では、稀にしか起こらない予想外の出来事(まさしく我々が何より興味を感じるものである)を理解できないケースが何度もある。いい加減考え直す時である。また、物語によって複雑系に関する優れた知見が得られるのは、語り手の思考がデータの制約を受けないからでもある。

 多面的検討を試みる

 ストーリーテリングはたしかに効果的とはいえ、マイナス面もある。我々の想像力は無限だが、それゆえ問題がある。どこまで検討すればよいのか、いつ検討をやめればよいのか、その境目が判然としないのである。そこで、「多面的検討」(triangulation)の出番となる。

 多面的検討とは、さまざまな方法を使い、さまざまな前提条件を設定し、さまざまなデータを集め、あるいは1つのデータをさまざまな角度から眺めて、問題に取り組むことである。複雑系を理解する最善策の1つは、まさにこれを実践することである。

 たとえば、各要素について、ある時点の状況をそれぞれ比較する──社会学者が「断面解析」(cross-sectional analysis)と呼ぶ方法である──と、1つの要素が時間と共にどのように変化するのかを調べるのとは異なる理解が得られる。また、その両方を試み、さまざまな要素について、その経時変化を調べてもよい。実際、高度な計量経済分析や財務分析では基本中の基本である。

 メリットは明らかであるにもかかわらず、多面的検討はつい最近まであまり利用されていなかった。しかし、そのためのツールは改善され使いやすくなっている。

 複雑系を理解するために、ソフト・アプローチで柔軟なストーリーテリングとハード・アプローチで柔軟性に欠ける定量分析を組み合わせれば「鬼に金棒」である。

 前者は、あまりなさそうだが無視できない可能性や予期せぬ因果関係を検討する一助となり、かたや後者は、システムの目に見える要素の関係を具体的に教えてくれる。複雑性に対処しなければならない場合には、その両方を利用すべきである。