とはいえ、この手のサービスが流行るのは、今回が初めてではない。ネット上では以前から同様のサービスが浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返していた。いったい何度目の流行か正確にはわからないが、「不特定多数からの質問に答える」、または「匿名で質問する」という欲望は、現代においては根源的なものなのかもしれない。

「質問箱」を利用している人に話を聞くと、「自分に対して、他人がどのような興味を持っているのかわかって勉強になる」「単純に、他人からの質問に答えることが楽しい」といった言葉が返ってくる。気の小さい筆者なんぞは、「質問が一つも来なかったらどうしよう」と思ってしまうが、彼、彼女たちにはそのような不安はないようである。

 そもそも、質問に答える側と、質問する側(匿名で)の需給関係が成立しなければ、「質問箱」のようなサービスが流行ることはない。わざわざ水を差すような記事を書いておいてなんではあるが、その点において開発者や運営会社のマーケティング感覚は間違っておらず、サービス自体は時流にあった素晴らしいものだと言える。

 しかし、SNS上で起こっている「現象」にはやはりモヤモヤするし、実際に「質問箱」を利用するユーザーをブロックしたり、ミュートしたりする人も一定数いるようだ。

回答の押し売りに辟易する人も

 人々は、「質問箱」のなににモヤモヤしているのか。筆者が周辺取材したなかで一番多かったのは、「タイムラインが質問箱で埋め尽くされて、うっとうしい」というものである。

 前述の通り、「質問箱」は質問の内容を画像で表示して、フォロワーのアテンションを獲得する仕組みになっている。加えて、集まった質問にまとめて答える人が多いため、「質問箱」の連投によって他の投稿が読みづらくなってしまう、というわけだ。

 そして、二番目に多かったのは、そうした仕組みにより、「興味のない人の、興味のない質問の、興味のない回答を強制的に見させられてしまう」という不満である。