歴代米大統領も常に「アメリカ・ファースト」だった

――著書『新しい中世』は1996年に出た本ですが、最近また文庫化もされて、根強く読まれています。当時、冷戦後の世界システムの変容を分析された際と比べ、現在までの変化をどのようにご覧になっていますか。

トランプににらまれても日本は多角的な貿易関係の輪を広げるべきだ<br />国際政治学者・田中明彦氏【後編】「大統領としてトランプ氏のような人が出てくるとは予想していなかった」と田中氏

 本書は22年前、冷戦後の世界がどうなるか考えるために書きました。グローバル化が進み、国家以外の主体の重要性が大きくなるなか、かつての「中世」にも似た複雑な国際政治が生まれるだろうということを指摘し、そのなかでイギリスの外交官ロバート・クーパーなどの議論を発展させ、自由主義的な民主制の成熟度・安定度と、市場経済の成熟度・安定度について、いずれも高い第1圏域(新中世圏)、いずれも中程度の第2圏域(近代圏)、いずれも低い第3圏域(混沌圏)に分類して分析しました。この分析のフレームは、20年以上前につくった割には今でも使えると思っています。

 ただ、当時にもまして、中国のみならず、アジアやインド太平洋地域がダイナミックに発展していることが現在の特色です。この本では、中国が21世紀の超大国として登場する可能性や米国との対決の可能性にも言及していましたが、つっこんだ分析は行っていませんでした。ただ、日本のとるべき方策としての日米同盟を中心とする対応については当時も強調しており、その点で変化はありません。

 一方、この本で描いた世界の暗部はいまだに解決が進展していません。非国家主体のテロリストなど秩序に悪影響を与える存在が強くなっていることや、第3圏域の問題は依然として解決できないし、そういうところにテロリストもいる。第2圏域的だったシリアも、内戦で混沌としてしまっている。紛争やテロリストの被害者も増えています。

 この本では、第2~3圏域が発展して、必ず第1圏域(新中世圏)になるとは書いていませんが、それなりにこの方向性も指摘していました。この20余年をふりかえっなみると、政治的に自由化が進まないまま経済成長を遂げる国があるということが顕著になってきました。中東の産油国や中国などが典型ですが、経済成長に関するさまざまな道のなかに、権威主義的な経済成長モデルがいままた登場しているといっていいのかもしれません。韓国や台湾のように、権威主義的な経済成長を遂げた後に自由化するという道筋を、はたして今の中国はたどることになるのか、なかなか予測しがたいと思います。

――覇権国以外の台頭が世界的に起こったこと、とりわけアジアの成長やテロリストの暗躍は、予想以上だったということですね。アメリカについてはいかがですか。

 大統領として、トランプ氏のような人が出てくるとは予想していませんでした。アメリカは伝統的に孤立主義という誘因がはたらくので、歴代大統領も常に“アメリカ・ファースト”だったけれど、そのためにはアメリカが世界でリーダーシップを取るんだ、という義務も認識していました。トランプ大統領は、すべてを相対取引で考える傾向があり、これは、実際はアメリカのようなとてつもない数の国と関係がある国の対外交渉ということでいえば、あまり効果的でも効率的でもないと思います。

 その面でいうと、第1圏域のなかで問題が起こるとすると人々の経済問題や心の問題だろうと指摘しましたが、トランプ現象は、このひとつの表出かもしれません。アメリカを含めた現在の先進国において、中産階級中の下位層あたりの不満をいかに民主主義的に国家運営に反映させていくかが大きな課題になってきているのでしょう。

 エコノミストのブランコ・ミラノヴィッチ氏による「グローバル化の象のカーブ」(88年~2008年。詳細はこちら)などはこの本の時点でまだ自覚できていませんでしたが、世界全体で平等化が進んでいるということですよね。発展途上国の多くの人たちが収入を伸ばした一方、上から20%は先進国のミドルクラスの下のほうで、冷戦後のグローバリゼーションの時代に得をしていません。第1圏域にいるこの人たちに関する分析は、この本ではしておらず、今後の課題ですね。第1圏域のなかでも北欧や日本は、相対的にそこまで大きな問題になっていませんし、第1圏域のなかの経済政策や社会保障政策が国によってかなり異なる点も加味して、より詳細に分析していくべきだと思います。